3.絶望、そして


 善行は、傷の手当をして、再び移動を開始した。
 手当と言っても、砕けて力の入らない右足に添え木をして、ウォードレスの表面を応急テープで覆っただけだし、移動と言っても立って歩く事は叶わなかったので、杖代わりに拾ったライフルに縋って、膝でいざるだけ。


 まだ、生きる事を止める訳には、いかなかったから。


 例え生き汚いと言われようと、見苦しいと言われようと生き延びる。頭さえ生きていれば、何とかなるのが第六世代の身体だ。最早、「男」との約束だけではない。善行は既に、もっと大事な死者達の為に、生きなければならないと思っていた。

 「…ぅっ!くぁあっ!」

 それでも拠点への道程は、果てしなく遠い。だが、若宮との死闘で、戦地の中心から外れていた事が功を奏したのか、今の処幻獣には遭遇せずに済んでいるのも、物怪の幸いだった。
 只の邪魔な荷物と化した足は、一這い毎に、重く、激しく痛む。
 痛み止めも強化剤も、先の死闘で完全に使い切っていたから、後は自分の意志だけが頼りだ。
 「ハア…ハア…ハア……」
 全身が大きく喘ぎ、止めどなく汗が流れ落ちる。
 這いながら善行は、若宮が、自分を一撃で殺さなかった事の不思議を思った。
 (戦士の腕なら、脳天を一撃で打ち抜けた筈…何故)
 射程が届かないのなら、足を狙う事など出来ない。
 単に動きを止めて、確実に仕留めようとしたにしては、余りに隙のありすぎる仕掛け方だった。
 第一、プロにとってなぶり殺しなど、愚の骨頂であろう。
 (尤も、それでも、僕には荷がかち過ぎたのだが…)
 感情を完全に殺した筈の『兵器』にも、何か思う処があったのか。
 例えば、何かを訊き、伝える為に。


 「うぁっ!」

 ライフルがバランスを崩し、その勢いでのめり倒れる。
 弾みで眼鏡を落とし、顔をしたたかに打ち付けた。
 「…っ!」
 ふと思う。
 (この状態なら、簡単に幻獣に仕留められてしまうな…或いはそれを意図したか)
 我ながら人が悪い考えだ、と善行は厭世的に笑った。


 再び起きあがり、眼鏡を拾おうと手を伸ばした時だった。


 (幻獣…?!)


 正面に見えたのは、明らかな空間の歪み。
 それは幻獣の出現の瞬間であると、この数時間で身を以て学んでいる。



 肝が、冷えた。



 カトラスは先程折ったので、捨ててしまっていた。
 杖にしているライフルに、弾はない。
 咄嗟に唯一の武器である、ハンドガンを構える。
 残弾は、2。


 ボゥ…



 幻獣が実体化、した!



 「く!」

 一撃!一体目、四散。
 当たり所が良かったのだろう。


 だが、二発目は、外した。


 「チ!」

 激しく舌打ちをしたが、後の祭りだった。
 ハンドガンを投げつけて、ライフルをカトラスの様に握りしめ、振り上げる。


 キシャーア!


 それより早い幻獣の一撃が、ライフルを飴のように溶かした。
 他の幻獣が、素早く善行の身体に取り付く。

 「!」

 身体をつり下げられた時、かのペンダントが眼に入った。
 善行は一瞬、若宮の時の様な、奇跡を期待した。



 だが、何も、起こらなかった。



 ビギッ、と嫌な音が、身体の左側からして、激しい痛みが襲う。
 「…ッ?」
 重たい、何かを無理矢理千切る様な音がして、地面に、液体のようなものが落ちる音がした。



 「−−−−−−−−−−−−−−−!」



 脳天を突き抜ける、この世のものとは思えない痛みに、彼は、言葉にならぬ悲鳴を上げた。



 幻獣達は無造作に、善行の左半身を、引き裂いたのだ。



 彼等は弄ぶかの様に、右手を、右足を、引き抜く。
 何を感じる間もなく、急速に意識が遠のいたのは、果たして僥倖か。
 やがて彼等はその、ヒトだった筈のモノに、真下から、爪を突き通した。




 善行忠孝は、血を吐いて、絶命した。



-仮説・パラノイア-3/4 
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