3.絶望、そして (承前)



 …



 ……



 ………



 シャリー…ン


 バラララ………ンンン…




 トーーーー…ォォォォン……!




 この世のものとは思えない、妙なる調べが耳朶を打った。


 数多の生き物と、そうでない異形達が、その音を奏で、歌う。

 赤や碧や白の、鮮やかな光達が舞う、その中で、



 一際美しく舞う、青。



 その歌を、自分は知っている。
 何故なら、紛れもなくかつて、その輪の中に居たから。
 握りしめた杖を振れば、鮮やかに、深い紅が、取り巻いた。

 だが今、喉からは、一片の音も出る事はなかった。


 代わりにその頬を、涙が伝う。



 こんなにも、貴方を、渇えているのに、この手は、貴方に、届かない…



 ただ、手を伸ばした。



 シャラ…ンンンン…
 トーーーー…ォォォォン……!


 美しき鈴の音が、何かと、共鳴し、その青き光が、全身を取り巻いた。
 踊り手の顔が一瞬、「男」の依代だった少女と、重なる。


 「!」





 善行は、目を覚ました。
 「…」
 顔は、涙に濡れつくしていた。
 そこが、病院のベッドである事に、一拍遅れて、気付いた。


 ゆっくりと、起きあがる。


 顔を拭うと、先ずは全身を確かめた。
 引き裂かれた筈の身体はおろか、若宮に打ち抜かれた筈の足すらも、一切傷はない。
 それどころか、子供の頃に付けた傷や、訓練時に負った傷の跡も、全く見えなかった。
 額に手術の跡もない処を見ると、どうやら「脳細胞の一片迄」完全に再生されたらしい。

 (フル・クローニング、か…)

 記憶を弄られたのかと、辿ってみる。若宮との死闘から、幻獣に引き裂かれて殺されるまでの生々しい記憶まで、しっかり残っているのを確認した。消されたかと思ったあの「男」との記憶も、全て、残っていた。反社会的な事も無理なく考えられるから、特に矯正されている様にも感じられない。弄られていないとしたら、脳細胞の死自体に間に合う筈もないあの状況で、これ程綺麗に記憶が移植できるものなのか−

 (まあ、思い悩んだ処で判る筈もないか)

 実際に弄られていたら、考えた処で自分には知る術がない。意味の無い事で悩んでいても仕方が無いな、と善行は腹を括った。そして、それが「介入」と言うことかも知れない、と漠然と思った。



 だが何か、大事なものが思い出せないような、そんな、飢餓感がある。



 例えば、直前に見た夢、とか。


 善行が、頭を抱えた時だった。

 「失礼します」

 ノックがして、扉が開いた。


 「…戦士!」

 そこには、若宮が、立っていた。
 善行は一瞬、懐かしそうな顔をしかけて、止める。
 (…まて。これは同タイプの別人だ)
 自分を指導した男は、この手で仕留めたのだから。


 若宮は笑顔を向けた。
 「お久しぶりです。新しい身体は如何ですか?少尉殿」
 居心地の悪い違和感がして、思わず怪訝な顔になる。
 「…戦士?」
 「はい?」
 眼鏡をしてない事に今更気付いて、表情を鎧えない事に、俄に不安を覚えた。
 若宮は、徐に口を開く。
 「…案じておりました。訓練中の貴方は、それは危なっかしい雛でしたので」
 善行の目が見開かれる。
 「ひとまず静養して下さい。しかる後、辞令が下りるようです」



 これは改竄された記憶を移植されている、入れ物だ。



 善行は醜悪な嫌悪感に一瞬、身震いした。
 だが、表面は何事もなかったかの様に、笑顔を向ける。


 「ええ、わかりました。有り難う、戦士」
 「どういたしまして」



 思い出そうとした、美しい記憶を閉じこめる。
 思い出せなくても、良い。
 どうせ今居る処は、汚辱に充ちた世界なのだから。



 なら、こんな醜悪さは、僕に似合いだ。



 眼鏡が欲しいと思いながら、口を開く。
 「懐かしいですね…戦士」
 何の疑問も抱かない表情で、若宮が頷く。
 「はい。少尉殿が大陸に行かれて以来ですから」


 改めて、善行は、笑ってみせた。



 「そうですね。貴方も元気そうで、何よりです」





- Continuous End.-


-仮説・パラノイア-4/4 
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