2.熊本市郊外 19:00
結局丸一日掛けた戦闘の結果は大勝。後々伝説に語り継がれそうな位、5121小隊は奮戦した。小隊記録の速さで幻獣を消滅させたのに、そんな時に限って援軍が続き、夜になるまで戦闘から解放されなかったのだ。
「はー…夜になっちゃったねー…」
帰途につく指揮車の中で、残念そうにののみが呟いた。
「ごめんな。早く終わったら、花見が出来たのにな。文句はあれに言うんだぞ?」
瀬戸口が親指で示すのを目の端に捉えて、多目的リングを弄りながら善行が応える。
「サラッと何言ってるんですか瀬戸口君」
「めーだよたかちゃん。いいんちょのせいじゃないの」
「んー、そうか?じゃあ、今度は俺が連れてってやろう」
「ほんと?」
「ああ、ほんとだとも。俺は女性には嘘を付かないのさ」
運転席で祭が呟く。
「あっちゃー。気障やなー」
「…そ、う…ね…」
「加藤さん」
「はい?」
善行が多目的リングから顔をあげた。
「そこを左に行って下さい」
「へ?司令、それだと遠回りになりますけど?」
「許可します。それから瀬戸口君、ののみさん、後続車両に、指揮車の後についてくる様、連絡して下さい」
「遠坂が何処かに寄るとかで、車を降りたと連絡が入ってますが」
「御曹司は色々と忙しいのでしょう。仕方ありませんね」
連絡を受けて、素子は運転席で憮然とした。
「全く、何考えてるのかしら、あの馬鹿。整備はこれからが大変だっていうのに」
「そうですね。みんな疲れてるのに…」
「寝られないかも知れないわね。申し訳ないけど、頼むわよ、森さん」
「軍人には睡眠や休養も必要なのだぞ」
「そうだね。でもきっと司令には何か考えがあるんだよ」
「速水」
「ん?何?舞」
「そなた、先程からやけに司令の肩を持つな」
速水は笑った。
「何?焼いてるの?」
「馬鹿!何を言っている!」
「お腹が空いて…クラクラしますぅ…」
「ちょ、一寸大丈夫マッキー?!」
「ブレイン・ハレルヤ、やりマスカ?」
「にこやかな顔して、そんな危ないモノ、勧めるなよ」
「馬鹿だな、滝川。この女はそんな奴なんだよ」
「オゥ、茜サン、そんな言い方はないデス」
「僕はママン以外の女は信用しないんだ」
「お?オメー、マザコンかぁ?!」
「な、何だよ!」
狩谷が溜息をついた。
「…嬉しそうだな、田代…」
若宮は、姿がもう一人足りない事に気が付いた。
「岩田は何処へ行ったんだ?」
「知らんよ。そこらにおらんとね?」
「居ない。おかしいなあ。戦闘終了時にはそこで踊ってるのを見かけたのに」
「…さっき、飛び降りるのを、見た」
「え!本当か来須!」
「死んでは、いなかった」
「そ、そうか…」
「善行の奴、何処へ行く気だ?」
「本田先生、早く謝った方が良いですよ」
「今日の事を根に持つって言うなら上等だ!返り討ちにしてやる!」
「せ、先生…」
芳野と本田の冗談とも本気ともつかぬ会話を聞きながら、坂上は呟いた。
「…どっちも、どっちという事ですかね」
「ニャー」
ブータが、鳴いた。
「加藤さん、次を右に」
「えっ、あっ、はい」
加藤はハンドルを言われた通り、右に切った。
と、
眼前に、真っ白い何かが眼に入った。
「な、何?!」
夜空にほの白く浮かび上がる、その塊は。
道路の脇を固める様に広がる、満面の、桜並木。
真っ直ぐ、その道路を彼方まで埋め尽くす、薄桃掛かった、白色の淡い、光。
車という車から歓声が上がった。
「うわあ、たかちゃん!きれい、きれいー!」
「きれ…い…」
「!」
瀬戸口は一瞬呆気に取られ、その後、善行を見た。
「この、確信犯め!」
善行は笑顔を浮かべたまま、答えない。
「たかちゃーん!」
「おう!もっと見える処に連れて行ってやる!」
萌も、善行を見た。
「どれだけ…使っ…た、の…?」
「…何がです?」
「死体…」
善行は苦笑した。
「…梶井基次郎じゃないんですから…」
「…全く、気障なんだから…」
素子は苦笑気味に溜息をついた。
「…!」
精華も息を呑んだ。
「凄い、凄いよ舞!見て御覧よ!」
「叫ぶな速水。ちゃんと見て居る」
「凄いな。なんて綺麗なんだろう」
「うむ…」
「どうしたの、舞?」
舞は不器用に微笑んだ。
「いや…綺麗だな…」
「何て…美しい…」
壬生屋は息を飲んだ。
「うわーきれーい!ああ、出来れば先輩と同じ車だったら良かったのにー」
新井木が後ろの車を眺めて大げさに溜息をついた。
「そ、そうですよね、わ、私も、あの、と、遠坂さんと…」
「うるせー新井木!お前なんか来須先輩の眼中に無いんだよ!」
慌てて相槌を打とうとする田辺の言葉をうち消すように、滝川が悪態をつく。
「何ー!この馬鹿ゴーグル!お前なんか無職のクセに!」
「うるさいなお前ら。この美を静かに鑑賞する気がないんだったら、放り出すぞ」
茜が苛々と二人を睨め付ける。
「いけまセンヨ、茜サン。こんな素敵な風景を与えてくれた事に、感謝デス」
「委員長にか?」
香織が真顔で応える。
「あのな、田代…」
狩谷が頭を抱えた。
「あー、運転なんてしとらんと、ウチもなっちゃんと見たいなー」
指揮車で祭が嘆息した。
「思…い…は、伝…わる、わ…」
萌が胸元で手を合わせる。
「…ッキシ!」
「狩谷サン、大丈夫デスカ?」
「ああ、きっと…加藤だな」
最後は小さく呟く。
「何だ?」
耳聡く香織が聞き返す。
狩谷は赤くなった。
「何でもない!気にするな!」
「うおー!素子さーん!この桜を貴女に捧げまーす!」
若宮が絶叫した。
「…綺麗だ」
来須は短く呟いた。
「この辺りに桜は無い筈なんだが…」
中村の独り言は、聞こえなかった。
「…な、何か寒気が…」
「大丈夫ですか、原先輩」
「まずいわね。あの男がこんな事するからかしら…」
「…すごく、きれい…」
芳野はほんのり酔う様に見上げていた。
本田は言葉もなく、呆然と立ちつくしていた。
「…なるほど、やりますね」
坂上は呟いた。
「ニャー」
ブータが応えた。
どこからともなく、歌声が聞こえ始めた。
一人、また一人と唱和していく。
歌はどうって事無い流行歌だ。
いつしか、大合唱になった。
幻想的な桜並木の下を、5121小隊は駆け抜けて行った。