議題提案 :「小隊休暇」
結 果 :可決(賛成7/反対1) 多数決案を採択。
※但し提案者より、「海以外の処でも良いか」との打診有。
委員長権限により、場所は県内限定で許可。
1.熊本市街地 10:00
5121小隊は、戦闘状態にあった。
「バカンスは戦闘に左右されないんじゃないのか!」
瀬戸口が叫ぶ。
「文句は帰ったら本田教官に言って下さい!全く、あの人は…!」
善行が負けずにやり返す。
「前…置いて…いっ…た、のは…司令の…所為…」
萌が、突っ込む。
『指揮車!下らない喧嘩してる暇があったら、早く発進許可出してよ!』
苛々した素子の声が指揮車内に響く
「ひゃー!整備班長、怖いわー」
祭がハンドルを握ったまま、肩をすくめる。
「めーなの、みんな!今はけんかしてちゃめーなのよー!」
ののみが絶叫する。
「やれやれ、みんな大変だね」
速水はウォードレスの喉元を弄りながら、シートの剥がされた士魂号・複座型に乗り込む。
「戦闘中だ。不謹慎だぞ」
電子機器類を素早くチェックしながら、舞が不機嫌に応える。
「仕方ないよ。折角のバカンスがフイにされたんだから」
「我らは兵士なのだぞ?休みより戦う方が大事であろう」
速水は穏やかな笑顔を舞に向けた。
「僕だって残念だよ。折角君の分のサンドイッチ迄作ったのに」
見つめられて舞は頬を赤くしたが、ぷいと横を向く。
「余計なお世話だ。わ、私だって、弁当ぐらい自分で持って来ている」
小声で慌てて付け加える。
「…その、どうしてもというなら、食べてやっても良いぞ?」
速水はにっこり笑った。
「どうしても」
「!」
「こらそこ!ラブコメしてる場合じゃないでしょ!」
「うわ森さん怖」
「ご覧なさい。だから私は反対したのです」
士魂号の始動キーに手を掛けて、未央は呟く。
「でも、みんな楽しみにしてたんだからね。自分一人反対してたからってその言い方はないんじゃない?」
士魂号を止めていたアンカーを外した勇美がそれに応える。
「そうですよね。私も、少し、奮発したんです、お弁当。のり1枚、増やしたんですよ」
真紀が控えめに、相槌を打つ。
「おかげで総動員で戦闘じゃないか。なんて非効率なんだ!」
「茜サン、怒ってはいけまセン。これも、神様の思し召しデス」
「またヨーコさんの神様話しが始まったよ…」
滝川が頭を抱える。
「おメエホントは無職なんだから、此処に居る理由なんかねーんだぞ!」
「言ったな!」
「邪魔だよ君達」
「あっ…ご、ごめん」
香織と滝川が喧嘩しかける脇を、狩谷の車椅子が通り抜ける。
「フフフ、昨夜こっそり士魂号を積んで置いて正解でしたね。あっ!真面目な事を言ってしまいましたぁ!」
「…この顔ぶれは、何か狙ってるんですか?」
二号機の前でそっくりかえる岩田の隣で、遠坂がこめかみを押さえて小さく唸る。
「ないない。そげな事はなかよ、タイガー」
「その名で呼ぶな!」
中村と遠坂の間に流れた、やや険悪な雰囲気に、ヘルメットを被った若宮が声を掛ける。
「何の話だ?」
「何でもありません。中村君と大事な話をしていただけです」
遠坂は何事もなかったかの様に、にこやかな顔で応える。
「…だとさ、来須」
「…」
来須は相変わらずの無表情で、立ち上がった。
「どうしましょう先生、私達」
おろおろする芳野を後目に、本田は輸送トラックの前で腕組みをして、睨み付けている。
「見ろ。オレを置いていった罰だ」
坂上がぼそりと呟く。
「…置いてけぼりの恨みは恐ろしいです」
「にゃー」
頷く様にブータが鳴いた。
時間は少し前に遡る。
その日の朝の会議で、久方ぶりのバカンス申請が出た。
提案者が瀬戸口という事で、未央が強硬に反対したが、速水の「良いんじゃない?」の一言で、あっさり多数決が通ったのだ。いつもならバカンスは海に行くのだが、今回は瀬戸口にくっついてきたののみの一言が効いた。
「ののみね、お花が見たいな」
「そうか。じゃあ、お花を見に行こう。今なら何処の山も桜が花ざかりだ。それで良いな、委員長」
「良いですよ。皆さんも異存はないですね」
「僕は良いよ」
「ふーん。悪くないんじゃない?」
「子供の言う事ですしね」
皆が口々に賛成意志を表明する中、未央だけが嫌そうな顔をする。
「そ、そんな、貴方…委員長!」
瀬戸口を不潔なものでも見るように見て居た未央は、縋る様に善行を見た。
善行はにっこり笑ってののみを見た。
「此処は可愛いので、ののみさんの勝ち☆」
「わーい☆」
「…!」
言葉に詰まる未央を後目に、素子がパカン、と善行をハリセンで叩く。
「…どこから出したんですそれ」
「何馬鹿な事言ってんの。貴方ロリコンも有?」
ともかく、近くの山に桜の花見に行く事に決め、速やかに準備を整えたのが、今から数時間前の事である。例に寄って善行は、マシンガンを警戒して本田を外そうとしたのだが、今度は先手を打たれた。本田は会議の結果を盗み聞くと、その足で準竜師に何事か掛け合ったらしい。全員揃ってこれから行こう、という正にその時、緊急出撃が掛かったのだ。そこで、全員ウォードレスに着替えて、そのまま戦闘と相成った。
当然ながら士気は最悪である。
(やれやれ…本田教官もとんでもない事をしでかしてくれたものです)
善行は内心最悪の戦況を覚悟した。それでなくてもこの処連日の戦闘で、皆気が立っている。バカンスは良いタイミングだと思っていたのに、この有様だ。少しは恨みたくなるというものである。
「…ま、ただ、ストレスはどの様にも発散出来る、という事ですかね」
善行は小さく呟いて、溜息をついた。頭を一回振って、マイクを握り、立ち上がる。
「5121小隊各員に告ぐ。諸君は今、大事なバカンスを潰され、頭に来ている事と思う。その原因を作った幻獣共に、責任を取って貰おうではないか。我らの怒りを奴らに存分に思い知らせてやれ。奴らを叩き潰し、心置きなくバカンスの続きを取る事にしよう。良いな?行くぞ!」
「…簡単に言ってくれる」
舞が溜息混じりに苦笑する。
「でも、上手い事言うね、委員長。あ、今は司令か」
速水は左手を、コンソールに繋ぐ。
「まあ、あやつはあれが商売だからな」
「じゃあ、行こうか。舞」