10.永遠の記憶

 翌朝早く、善行は一人、駅で始発を待っていた。
 部隊の誰とも、顔を合わせる気は無かったし、時節柄、歓送会という気分でもない。大体、旧命に服した瞬間から、彼らとは所属も命令系統も異なる。それに。

 一番の思い出は、昨夜貰っていた。

 だから、もう、この土地に思い残すことはない。
 いや。
 数多ある思いが、残っている。だからこそ、振り返らない。

 どこからか、聞いた事のある歌が流れてくる。
 確か、ずっと、君の側に居るために、想い出になる、とかいう歌詞だったか。
 気が向いて、軽く、口ずさんでみる。
 音楽など、余り聞く暇はなかった筈だが、すらすらと口をついて出た。
 結構、覚えているものだと、思った。
 多分、今の気分に、一番近いからだろう。

 ホームに始発が滑り込んでくる。

 何よりも、自分が、彼女の思い出に励まされる事だろう。
 貴女は、忘れても良い。でも、私はきっと忘れない。

 善行は、力強い足取りで、電車に乗り込んだ。



 舞は、尚絅高校の、校門を抜けた処だった。日曜だが、朝からする事は沢山ある。デートが無くなったからといって、暇じゃないのがこの小隊の現実だった。
 「お早う。どうしたの、そのマスク」
 早速、目敏く速水が寄ってくる。
 あの後、言われたとおりすぐ萌を探して、手当してもらったのだが、

 「ひど…いわ…」

 とか呟かれて、傷よりかなり大きい絆創膏を、大げさに貼られてしまったのだ。おかげで今、口が動かせない。一晩で他の怪我が大分マシになったので、顔の絆創膏を剥がすついでに口のも剥がそうかとも思ったのだが、今日一日は剥がしたら呪う、とか言われてしまっては、やりにくい。呪いなど信用していないが、萌との信義は守ろうと思ったので、今日一日くらいは神妙にしてようと思ったのだ。だが、仕事の懈怠は許されない環境でもある。仕方ないので、日曜なのをこれ幸いとマスクで登校したのだ。
 一寸だけ矜持が傷つくが、これも自業自得なので我慢である。
 「ン」
 とりあえず、曖昧に頷いてみる。
 速水はしばらく舞を、まじまじと眺めてから、にっこり笑って口を開いた。
 「善行司令に何かされた?」
 「ム、ムー!!」
 真っ赤になって唸る。本当なら此処で一喝する処だが、口が動かない以上仕方がない。
 思わず手が出たが、一歩違いで逃げられた。
 (お、おのれー)
 これは余り人に会わない方が良さそうである。そんな事を思った時だった。
 ポン、と頭を叩かれた。
 「!」
 来須はその口元に、優しい笑みをチラと浮かべてこちらを見、そして通り過ぎた。
 「…」

 慰めて、くれたのか?

 そんな事に、思い至った時、舞の耳に、歌が聞こえた。
 小隊の誰かが歌ってるらしい。余り巧くない歌声だったが、彼女はその歌を知っていた。
 以前小隊でキャンプに行った時、行った先の近くの海の家から、繰り返し聞こえてきた歌だ。笑って君を見送る、とかいう歌詞に、SWEET DAYSの方が好きだと言ったのは確か、瀬戸口だったか。

 歌詞が、今の気分に、一寸合った。

 小さくハミングしてみる。
 (…良い歌だ)
 突撃行軍歌ほどではないが、何やら良い気分だ。

 『…寂しい 夜の すぐ側にいるよ…』

 舞は昂然と、頭を上げた。
 しっかりとした足取りで、真っ直ぐ歩き出す。
 もう、いつもの自分だった。

《Continuous End》


-Liar's_LOVE-9/9 
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