3.


 頂上に、辿りついた。
 予想通り、市街の灯は、殆ど無い。
 星が降る様だ。


 素子は、レジャーシートを広げると、荷物を開いた。


 中から5段がさねの特大お重が出る。


 軽く苦笑して、素子は呟く。
 「こういう時、歌の文句だと『去年は二人で見た星を』なんて処なんだけどね」
 蓋を開いて、重を広げた。
 「これだと『二人でつついた弁当を』になっちゃうのがアレよね」
 そして、そのまま空を見上げる。


 「…結局そんな散文的な思い出は、なんにもしてあげられなかった」


 す、と星が流れる。


 「…ごめんね」


 呟く様に。


 「…それで、良かった?」


 確かめる様に。



 「私を選んで、本当に良かった?」



 本当は、二人で見る筈だった、夜空。



 再び、星が流れる。
 「…本当はまだ、複製の誘惑に、迷ってる」


 あの男の力なら、絶対叶えられるだろう。
 現状の立場を考えればそれだけの権力は手に入れてる筈だし、よしんば無理だとしても、彼の能力ならばその位の操作は手易い筈だ。先程は断ったけれども、言えばその場で何とかしてくれるだろう。やはりね、と笑いながらも間違い無く。そういう処が彼なのだ。


 「逢いたい、と望むのは、贅沢…?」


 やっと手に入れた安寧と充足を失った。それが手を伸ばせば、取り戻せる処にある。そう思うとやはり、迷いはおさまらない。だがきっと、彼はそういう事を望まないだろう、というのは、哀しい位に確信があった。


 …本当に?


 いや。
 それは、運命を自ら選択したあの時から、判っていた事。
 生体部品を使用する士魂号を扱う自分である。『備品』の耐用限界など、熟知していた筈なのだ。
 知っていて、それでもなお、幻想を追ったのは自分ともう一人だった。


 それは、気づけなかった事と、意図的に目を逸らした事実から起きた事への罪。
 救うといっておきながら、最後迄、彼に気を使わせてしまった罪。


 素子は多目的結晶を取り出した。
 複製しようがしまいがそれは貴女のものだから、と善行が置いていったもの。
 それは、星闇を受けて、ほんのりと微かな光をたたえている。
 「…」
 彼の最期の思いを知るのは、自分の権利で義務だと思った。
 だが今、それはとても怖い事の様にも思えた。
 彼は素直ではっきりしていて、疑い様の無い男だったけれど、それでも優しい嘘を付ける位の情緒はあったから。



 でも、此処で逃げたら、自分と彼の決断に、嘘を付く事になる。



 素子は意を決した。
 そして、結晶を、ゆっくりと自分の左手に近付ける。
 触れた刹那、ぞくりとした快感が、脳の芯を打った。


 (…の幸せを願ったけれど…)

 馴染んだ思考の流れが緩やかに素子を包む。


 (…自分は最後の最後に、あの人を不幸にしたな…どうか、泣かないで居てくれると…良いのだが…)


 無骨だけど優しい、意思。


 (すみません…素子さん…だけど、俺は…そんな貴女に泣いて貰えるのが…嬉しいなどと不謹慎な事を考えている…)


 何処までも優しい、感情の記憶。



 (そして、やっぱり、もう少し、貴女の為に、生きていたかった…)



 心が、震えた。



 そして初めてぽろり、と涙がこぼれた。


 こんなにも、優しい生きものに、愛されていたのだ。
 こんなにも、優しい生きものを、愛していたのだ。
 だけど。



 降る様な星空に、ただ、星が流れる。



 「貴方が好き。誰よりも大事。でも、貴方はもういない」



 涙が、止まらない。



 「康光…」
 素子は自分の左腕ごと、若宮の多目的結晶を胸に押し当てた。
 さながら、抱きしめる様に。



-星の降る丘-3/4 
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