3.閉じられた輪


 戦闘を終えて、ラインオフィサー達が帰還する。
 今日も、一人も欠けることなく、大勝だった。
 整備の出撃組が、整備車から速やかに駆け下りて、輸送トラックの荷台に取り付いた、待機組に申し送りをする。


 指揮車から降りる速水に、駆け寄る舞の姿を認めて、善行はレールガンの載った荷台から、降りる足を止めた。
 相変わらず舞は無職で、速水は司令のままだ。
 興奮気味に何事か語る舞に、穏やかで優しい笑顔を向ける速水。


 「仕組まれた、恋、か…」


 思わず、呟く。
 惹かれ合う様に最初から調整され、造られた、出会い。


 (遺伝子レベルに組み込まれた、初めから決められた恋愛か…それと知らずに落ちるなら、なんと哀しい事だろう。呼び合う様に、お互いだけを見る様に、人為的に調整された関係は、果たして恋と呼べるものだろうか)


 「−如何されました?上級万翼長殿」


 ヘッドセットを外しながら、若宮がレールガンから降りてくる。


 「些か、感じる事がありましてね」


 二人して、荷台を降りた。
 それを待っていたかの様に整備組が取り付く。
 ロッカーに向かいながら、善行は話を続ける。


 「−思い、などという表層に拘るのは、ヒトという生物故のものなのでしょうね。実際は利己的な遺伝子に従って、オスは斯くの如く優良なるメスの出すフェロモンに惹かれていく−いとも簡単に。気持ちなどというものとは裏腹にね…それが哀しいな、と」


 若宮は笑顔を浮かべた。


 「自分には、難しい事はわかりません。ですが、そこから始まるものもありますよ」
 「…そうですね。それが見返りの一つも求めない、美しいものならば」
 「自分はそれでも構わないと思いますよ?」


 善行は若宮を見た。


 「そこに見返りや打算があったとしても、そういったものがあるというだけで、人を弱くもすれば、強くもします。それが、明日を生き延びる支えになる事もあるのです。それで良いじゃないですか。そうやって、自分も誰かの支えになっているのだと思えば、生き甲斐も死に甲斐も、あるというものです」
 「…!」


 善行の表情に、若宮は目をしばたいた。


 「…どうしました?」
 「…失礼。君には驚かされます」


 再び、目の端に、速水と舞を捉える。


 (私達は子孫を残せない。だからこそ、この恋を大切に思うのかも知れない…きっとそういう風に刷り込まれているのだろう。生殖能力を失った代わりに、希望を生み出す為に。そう…きっと、何かを生んでいると信じたい−例え明日は無いとしても)


 そして、残せるのは彼女だけ。
 善行は笑顔を浮かべた。


 「確かに、生きる為に恋をする、というのも悪くない。枷になるのは困りますけどね」


 苦笑して、軽く自分の頭をこづく。


 「どうも、余計な事を考え過ぎますね。軍隊のパーツに過ぎない人間があれこれ迷うのは、それだけ死に近くなる。誤差の高い兵士の生存確率はおしなべて低いものですから」


 若宮は肩を竦めた。


 「平時(いま)はともかく、戦場で迷わなければいいですよ。あそこで迷われたら、死にますから」
 「そうですね。−十翼長、スカウトとしての私はどうですか?」
 「レールガン出撃ですから、何とも」
 「はは…相変わらず手厳しい事です」





 深夜。
 善行は一人、訓練を実施していた。
 体力消費が早い以上、少しでも長く戦える力を付けなければならない。出来うる限りの筋力ドーピングは行っているが、ラボを通さない以上、限界がある。覚醒者ですらない彼には、舞の様な絶技を身に付ける事も出来ない。後は自身の体細胞による超回復に掛けるしかなかった。


 「よう、上級万翼長」


 軽めの声に目を向ける。


 瀬戸口だった。


 「こんな時間まで訓練か?真面目なのも良いが、身体がもたんぞ?」


 善行は手を止めて、汗を拭った。


 「…貴方こそこんな時間まで、何をしてるんです」
 「俺か?俺は、世の女性達に夢を与えてきた処。そしてこれから、夢のない世界に還るのさ」


 瀬戸口の全身が一瞬、薄く紫色に光った様に見えた。


 「善行…坊やに何を唆してるんだ?」
 「何の話ですか?」
 「とぼけるなよ。速水の奴があれ程豹変したのは、お前が唆したからだろ?あいつは何かを夢見てるみたいだが、戦いなんぞに夢などありはしない。あるのはただ、殺戮の果ての虚無だ」


 善行は目を細めた。


 「…自分の様になって欲しくない、とでも?」


 瀬戸口は肩を竦める。


 「流石に知ってるなあ、元・司令。お前くらいになると、芝村も近いのか?」
 「自分の隊の情報ぐらいは持たないと、戦争は出来ませんから」
 「だったら、坊やに変な事を吹き込むのは止めろ。あいつはぽややんなままで居る方が、きっと幸せなんだ。芝村のお姫様に惚れたのは、偶然かもしれんが、あいつに戦は向いてない」


 善行は中指で眼鏡を持ち上げた。


 「…瀬戸口君。君、何か、勘違いしてませんか?」
 「何だと?」
 「私は彼に、何も唆してはいませんよ。彼は自分で芝村さんを好きになり、芝村さんの為に戦う事を欲した。そして、彼女を守るために」


 善行は、瀬戸口を見据えた。


 「速水君は自ら司令を望んだ」
 「…」
 「目覚めた彼に、私如きが介在する余地はない。彼は、そういうモノです。貴方も嗅ぎ取っているのではありませんか?」
 「善行…っ!」
 「速水君にとっての芝村さんは、貴方にとってのののみさんと同じですよ。それほど大事なものを守る為に、彼は、自分の中の何かを捨てた−そういう事です。貴方が戦い続けるのと変わらない」


 瀬戸口の、伏せられた薄紫の目に、哀しげな光がよぎる。


 「俺の戦いは…喪ってしまったものの為だ…決して得るものじゃあない」


 善行は瀬戸口を見て居たが、不意に背を向けて、再び訓練を始めた。


 「…別に、年を経た貴方だけが、傷を負っている訳ではありません」
 「善行」
 「この小隊にいる誰もが、誰にも言えない自分だけの傷を、負っている。此処はそれだけ半端な生き物たちの集まっている場所です。それは、あの少年も、芝村の末姫も、貴方の大事なあの娘すら、例外ではない。その中で、皆、立ち上がろうともがいているのです。そんな中、速水君は芝村さんに何かを見いだして、全てを掛けて立ち上がったというだけの事。それだけは、忘れないで欲しいですね」


 瀬戸口は、迷子の様な、不安そうな顔を向けた。


 「お前も…そうなのか?」


 善行は、振り向かない。


 「貴方は貴方の仕事をしなさい。例えそれがどれほど仕組まれていて、何も見いだせなくとも、きっと誰かの為にはなっている筈だ」
 「…芝村の、為に、か?」
 「どう思おうと、貴方の勝手です。が、折角生命を掛けるなら、もっと自分の大切な何かの為、と思っても、悪くないのではありませんか?」


 瀬戸口の返事は、なかった。



-喪失 1/f Refrain.- 9/x
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