3.閉じられた輪
戦闘を終えて、ラインオフィサー達が帰還する。
指揮車から降りる速水に、駆け寄る舞の姿を認めて、善行はレールガンの載った荷台から、降りる足を止めた。 「仕組まれた、恋、か…」
思わず、呟く。 (遺伝子レベルに組み込まれた、初めから決められた恋愛か…それと知らずに落ちるなら、なんと哀しい事だろう。呼び合う様に、お互いだけを見る様に、人為的に調整された関係は、果たして恋と呼べるものだろうか) 「−如何されました?上級万翼長殿」 ヘッドセットを外しながら、若宮がレールガンから降りてくる。 「些か、感じる事がありましてね」
二人して、荷台を降りた。 「−思い、などという表層に拘るのは、ヒトという生物故のものなのでしょうね。実際は利己的な遺伝子に従って、オスは斯くの如く優良なるメスの出すフェロモンに惹かれていく−いとも簡単に。気持ちなどというものとは裏腹にね…それが哀しいな、と」 若宮は笑顔を浮かべた。
「自分には、難しい事はわかりません。ですが、そこから始まるものもありますよ」 善行は若宮を見た。
「そこに見返りや打算があったとしても、そういったものがあるというだけで、人を弱くもすれば、強くもします。それが、明日を生き延びる支えになる事もあるのです。それで良いじゃないですか。そうやって、自分も誰かの支えになっているのだと思えば、生き甲斐も死に甲斐も、あるというものです」 善行の表情に、若宮は目をしばたいた。
「…どうしました?」 再び、目の端に、速水と舞を捉える。 (私達は子孫を残せない。だからこそ、この恋を大切に思うのかも知れない…きっとそういう風に刷り込まれているのだろう。生殖能力を失った代わりに、希望を生み出す為に。そう…きっと、何かを生んでいると信じたい−例え明日は無いとしても)
そして、残せるのは彼女だけ。 「確かに、生きる為に恋をする、というのも悪くない。枷になるのは困りますけどね」 苦笑して、軽く自分の頭をこづく。 「どうも、余計な事を考え過ぎますね。軍隊のパーツに過ぎない人間があれこれ迷うのは、それだけ死に近くなる。誤差の高い兵士の生存確率はおしなべて低いものですから」 若宮は肩を竦めた。
「平時(いま)はともかく、戦場で迷わなければいいですよ。あそこで迷われたら、死にますから」
深夜。 「よう、上級万翼長」 軽めの声に目を向ける。 瀬戸口だった。 「こんな時間まで訓練か?真面目なのも良いが、身体がもたんぞ?」 善行は手を止めて、汗を拭った。
「…貴方こそこんな時間まで、何をしてるんです」 瀬戸口の全身が一瞬、薄く紫色に光った様に見えた。
「善行…坊やに何を唆してるんだ?」 善行は目を細めた。 「…自分の様になって欲しくない、とでも?」 瀬戸口は肩を竦める。
「流石に知ってるなあ、元・司令。お前くらいになると、芝村も近いのか?」 善行は中指で眼鏡を持ち上げた。
「…瀬戸口君。君、何か、勘違いしてませんか?」 善行は、瀬戸口を見据えた。
「速水君は自ら司令を望んだ」 瀬戸口の、伏せられた薄紫の目に、哀しげな光がよぎる。 「俺の戦いは…喪ってしまったものの為だ…決して得るものじゃあない」 善行は瀬戸口を見て居たが、不意に背を向けて、再び訓練を始めた。
「…別に、年を経た貴方だけが、傷を負っている訳ではありません」 瀬戸口は、迷子の様な、不安そうな顔を向けた。 「お前も…そうなのか?」 善行は、振り向かない。
「貴方は貴方の仕事をしなさい。例えそれがどれほど仕組まれていて、何も見いだせなくとも、きっと誰かの為にはなっている筈だ」
瀬戸口の返事は、なかった。 |