2.決められた構図(承前)

 翌日、善行はすっかり小隊の笑いものにされていた。噂の飛び具合が相当に良かった様で、ある者は蔑みの、またある者は気の毒そうな目でこちらを見る。プレハブの前で俯き加減でとぼとぼ歩く若宮と、一緒に歩くののみを見つけたのはそんな登校途上の事だった。ののみが一生懸命何か言っている処をみると、或いは昨日の事をなぐさめているのかも知れない。

 善行は、歩み寄って二人に声を掛けた。


 「お早うございます、若宮君、ののみさん」
 「あっ、ぜんちゃんおはよっ。きのうはごめんね。だいじょうぶ?」
 「ええ、もう大丈夫ですよ。御心配をお掛けしました」


 ののみは満面の笑顔を浮かべた。


 「えへ…でもちょっと、しっぷくさいね」
 「そうですか?」


 善行は制服を持ち上げ、軽く匂いを嗅いで、笑った。


 「…これはかなり、匂いますね。昨夜一晩貼ってましたから、身体に匂いが残ってしまった様です。ごめんなさい」
 「ううん、いいよ」


 だが、若宮は気付かないのか、呆けた顔のまま、歩き続けている。
 善行は溜息をついて、若宮の肩を叩いた。


 「…上級万翼長殿?」
 若宮は初めて気が付いたような顔をした。
 「お早う、十翼長」
 少し間があいた。



 と。



 善行は若宮に胸ぐらを掴まれた。



 「−上級万翼長殿ー!」
 「声が大きい、十翼長。どならなくても聞こえます」


 若宮はハッとなってそのまま顔を善行に近づける。


 「上級万翼長殿。何故あれを避けなかったのです!」


 周囲に届かぬ様小さいが、素早く鋭い声。


 「芝村の奴が言ってました。『わざと避けなかったのでは』と。なら何故そうなさったのです!貴方が謀る様な、何かがあるとでも言うのですか!」
 「いえ」
 「は?!」


 若宮の所作が、固まる。


 「何都合の良い事言ってるんですか。よく思い出して下さいよ。狙って気なんか失えないでしょう?」
 「あ…」



 そう。



 倒れた瞬間の善行は、若宮が頬を叩く迄、確かに気を失っていたのだ。


 「芝居や冗談で気絶が出来るなら役者にでもなってますよ」


 若宮のショックは層倍になった様だ。
 ののみが流石にたしなめる様な顔をした。


 「めーだよ、ぜんちゃん」


 それを受けて、善行は苦笑した。
 「すみません、ののみさん。でもこれで今日の訓練はきっとスペシャルメニューでしょう」





 予想通り、放課後の訓練は猛烈なしごきが待っていた。
 「半病人に優しくして下さいよ」などと余計な冗談を言ったのが、火にガソリンを注いでしまったようで、4時間2セットなどという相当に無茶な特訓をする羽目になり、流石に訓練の終了した深夜には、ヘトヘトになってしまった。


 「今日はこれ位にしておきましょう」


 やっと気が済んだらしい顔をして、若宮が訓練終了を宣言する。
 「…久しぶりに、昔を、思い出しましたよ」
 「身体の方も、思い出して頂きたいものですな。スカウトになって頂く以上、この程度で音を上げられては困りますんで」
 「そう、ですね。確かに、鍛え直す必要は、感じましたよ」


 別の意味でね、と胸の中だけで思う。


 善行は、大陸戦での怪我を治す際に打たれた、代謝促進剤の副作用で、以前より体力消費が速くなっている。だから以前若宮の「生徒」で居た頃より、総体に痩せたし、体力の持ちも格段に劣る。通常生活に支障はないが、それこそ当たり所が悪ければ、冗談でなくののみにも倒されるのだ。だがそれは彼だけの問題であり、なんら目的達成の障害になるものではない。若宮も、知っていた処でおそらく一切斟酌しないだろう。



 そんな事は、戦えない事の理由にならない。



 「大変そうだね」
 「司令殿」


 速水がゆっくりと近付いてきた。


 「どう、十翼長。彼、使い物になる?」
 「は、いいえ。まだまだであります」
 「そうだね。ののみにも倒される様じゃ、スカウトにした意味がないもの」


 速水はにっこり笑った。


 「大丈夫?上級万翼長。顔色悪いけど」


 善行も笑い返す。


 「ええ。職務を果たす程度には、回復しましたよ」
 「そう、よかった。幻獣は古傷かどうかなんて斟酌してくれないし、わざとよけないなんて事をしていたら、寿命が縮まるのは君だからね」
 「何の話ですか?」
 「フ…つくづく君は役者には向いてないね。まあいい。本分だけは弁えてくれれば良いよ。僕は気にしない」



-喪失 1/f Refrain.- 7/x
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