2.決められた構図(承前) 翌日、善行はすっかり小隊の笑いものにされていた。噂の飛び具合が相当に良かった様で、ある者は蔑みの、またある者は気の毒そうな目でこちらを見る。プレハブの前で俯き加減でとぼとぼ歩く若宮と、一緒に歩くののみを見つけたのはそんな登校途上の事だった。ののみが一生懸命何か言っている処をみると、或いは昨日の事をなぐさめているのかも知れない。
善行は、歩み寄って二人に声を掛けた。
「お早うございます、若宮君、ののみさん」 ののみは満面の笑顔を浮かべた。
「えへ…でもちょっと、しっぷくさいね」 善行は制服を持ち上げ、軽く匂いを嗅いで、笑った。
「…これはかなり、匂いますね。昨夜一晩貼ってましたから、身体に匂いが残ってしまった様です。ごめんなさい」
だが、若宮は気付かないのか、呆けた顔のまま、歩き続けている。
「…上級万翼長殿?」 と。 善行は若宮に胸ぐらを掴まれた。
「−上級万翼長殿ー!」 若宮はハッとなってそのまま顔を善行に近づける。 「上級万翼長殿。何故あれを避けなかったのです!」 周囲に届かぬ様小さいが、素早く鋭い声。
「芝村の奴が言ってました。『わざと避けなかったのでは』と。なら何故そうなさったのです!貴方が謀る様な、何かがあるとでも言うのですか!」 若宮の所作が、固まる。
「何都合の良い事言ってるんですか。よく思い出して下さいよ。狙って気なんか失えないでしょう?」 そう。 倒れた瞬間の善行は、若宮が頬を叩く迄、確かに気を失っていたのだ。 「芝居や冗談で気絶が出来るなら役者にでもなってますよ」
若宮のショックは層倍になった様だ。 「めーだよ、ぜんちゃん」
それを受けて、善行は苦笑した。
予想通り、放課後の訓練は猛烈なしごきが待っていた。 「今日はこれ位にしておきましょう」
やっと気が済んだらしい顔をして、若宮が訓練終了を宣言する。 別の意味でね、と胸の中だけで思う。 善行は、大陸戦での怪我を治す際に打たれた、代謝促進剤の副作用で、以前より体力消費が速くなっている。だから以前若宮の「生徒」で居た頃より、総体に痩せたし、体力の持ちも格段に劣る。通常生活に支障はないが、それこそ当たり所が悪ければ、冗談でなくののみにも倒されるのだ。だがそれは彼だけの問題であり、なんら目的達成の障害になるものではない。若宮も、知っていた処でおそらく一切斟酌しないだろう。 そんな事は、戦えない事の理由にならない。
「大変そうだね」 速水がゆっくりと近付いてきた。
「どう、十翼長。彼、使い物になる?」 速水はにっこり笑った。 「大丈夫?上級万翼長。顔色悪いけど」 善行も笑い返す。
「ええ。職務を果たす程度には、回復しましたよ」 |