2.決められた構図(承前)

 「あ痛たた…十翼長、もう少し優しく運んでくれませんか?」
 「何言ってるんです!貴方の元・教官としては情けなくて涙が出ますよ…全く」
 「声が…大きい、わ…」
 「これが地声だ!」


 善行は若宮に、整備員控え室に担ぎ込まれていた。
 手当の為に萌が同行している。
 事もあろうに格闘訓練で、ののみにKOされてしまったのだ。
 びっくりして泣き出してしまったののみは、今、瀬戸口がなだめている。


 「よりによって、何で東原相手でノックアウトされるんですか!たまたま急所に入ったとはいえ、余りに酷すぎます!避ける位はして下さい!軍人は身体が基本だと、以前も教えたでしょう?」
 「最近、デスクワークばかりでしたから…指揮官は、動かなくて、良いし」
 「何呑気な事を言ってるんですか!そんな事自慢にもなりゃしませんよ!貴方は今日からスカウトなんですよ?こんなんじゃ危なっかしくて背中も任せられないじゃないですか!」
 「はは…すみません−たた…」



 若宮はひとくさり文句を言うと、萌に頼むと言い置いて、授業に戻っていった。


 「…」


 萌は何も言わず、救急箱を開く。
 そのまま、善行の制服とワイシャツをはだけて、腹の辺りを探るようにした。


 「…すみません」
 「…」


 萌は何も言わない。ただ黙々と、ほの青く光る手を這わせて、ののみの打ったあたりを探っている。


 「…」
 「…」


 しばらく間が空いた。



 やがて、探っていた手を止めて、萌が顔を上げた。
 そのままじっと善行の顔を見る。
 「…はい?」
 萌はぼそりと呟いた。



 「…嘘…吐き」



 「…」


 萌はすー…っと手の位置を左斜め上に動かして、突然、ぐ、と押した。



 「…っ!」



 鈍いが、重い痛みに息が詰まって、思わず呻く。


 「…貴、方の…古、傷は…此処…」


 萌は善行を、まじまじと見た。


 「…東、原、さん…の、打っ…た…位置、と違、う…」
 「…」
 「…嘘…吐き」



 善行は、しばらく萌を見ていたが、やがて、溜息をついて、苦笑した。



 「…やれやれ…貴女には敵いませんね…」


 軽く、頭を振る。
 「尤も…こんな下手な芝居で、貴女を騙せるとは思ってなかったですけど」
 萌は善行の腹から、手を離した。
 「別、に…誰、にも、言う、気は…ない、わ…」
 「有り難う、すみません。とりあえず騙しついでに、湿布の一枚も貼っておいて貰えますか?」
 「…そん、なに…擬、態…した、いの…?」
 「ええ。その方が、何かと都合が良い」


 萌は、善行をしばらく見つめていたが、徐に口を開いた。



 「…速水、君…?」



 善行は萌を見た。



 微妙な間が空く。



 「…だけじゃないですけどね」



 萌は黙って湿布を貼り付けた。



-喪失 1/f Refrain.- 5/x
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