2.決められた構図


 善行はとりあえず素直に処分に従った。大体小隊に行ってみた処で、職の陳情をし損ねた為、未だ無職のままなのだ。そうなれば異動陳情以外する事も特にないし、陳情自体は謹慎の身の上で出来る筈もない。官舎で飼い猫の相手をし、ついでに身体がなまらない様に筋トレをして過ごした。
 勿論その間も、仕掛けたツールから戦況報告が次々と入ってくる。今の処、戦死者は出ていないが、士魂号は随分と壊されている様で、三機揃っての出撃報告は殆ど入ってこない。案の定パイロットもスカウトも日替わりだった。気が付けば、舞も戦車兵から外されて無職になっている。そんな状態だが、司令としての速水は何とか戦況を支えていた。

 「やれやれ。こいつは同情を禁じ得ませんね…」

 積極的に激戦区に転戦していき、少なくとも小隊内に死者を出すことなく、状況を改善する能力は流石だが、日替わりパイロットとスカウトをその日の内に把握し使っていくのは並ならぬ胆力が要求される。かつての司令としては、心労如何ばかりかといった処だ。

 「…まあ、速水君は気にしないかも知れませんが」

 結果を見ながら、善行は薄く笑った。速水の興味はただ、舞のみ。それ以外は皆同じ。それは、ヒトの上に立つ資質としては、悪くない。かつて、彼は誰にでも優しかった。誰にでも優しいと言う事は、誰にも優しくないのと同義であると、彼は知っていたのかどうか。


 (僕は優しくなんかないんだよ)


 かつて、覚醒前に聞いた台詞を思い起こし、きっと知っていたに違いない、と思う。言葉としてではなく、実感として。





 謹慎開けの早朝、善行は速水に呼び出され、異動を言い渡された。
 「早速で悪いけど、君、今週からスカウトだから。若宮と共に、しっかり僕を支えてくれ」
 「はっ」
 報復人事を穿って、さりげなく速水の表情を追う。
 流石に表情消しに長けているだけあって、容易に読ませる顔ではない。
 「先回りに言っておくけど、これ、僕の陳情じゃないから」
 速水はにっこり笑った。
 「僕がしてやる前に、上から辞令が来たんだよ。君、余程嫌われてるんだね」




 (随伴歩兵か…)
 善行は、小隊隊長室を辞すると、武装調整の為にハンガーに向かった。
 無精髭の生えた顎を撫でながら、考える。
 スカウト経験は無いが、それに近い戦いは何度も経験している。出来ない部署ではない。まして自分は大陸戦闘経験者だ。陸戦の死闘は嫌と言う程知っている。それを見越しての配置か、それとも。


 「とりあえず、ライン復帰おめでとうって処かしら?」


 善行は顔を上げた。
 視線の先に、素子が居る。


 「ありがとう。早いですね」
 「この一週間、仕事を増やす馬鹿が多くてね。それに、礼を言われるには及ばないわ。寄りによってスカウトなんて、貴方みたいなひょろひょろのインテリには、死ねと言うのと同義語じゃない」


 善行は軽く笑った。


 「な、何よ」
 「心配してくれるんですか?」
 「馬鹿言わないで。何で貴方なんか」
 「有り難う。でも私は大丈夫ですから」


 素子の頬が少し染まる。


 「…気味が悪いわ」
 「そうですか?」
 「だって貴方…凄く素直に見える」
 「おや、知りませんでしたか?私は何時だって素直ですよ?」
 「馬鹿」


 素子は表情を改めた。


 「大陸帰りの貴方にスカウトなんて、誰が考えたのかしら。殺すためにしては事情を知らな過ぎるわね」
 「殺すなんて何物騒な事を言ってるんですか。私は向こうでも指揮しかしてませんよ?体力仕事は願い下げです」


 素子は溜息をついた。


 「−前言撤回。やっぱり貴方は変わってないわ。嫌な奴」
 「ハハ…そうですか。残念です」





 装備をスカウトのそれに固めてから、自分用に武尊を陳情して、一組に向かう。
 プレハブの側で、早速舞が駆け寄ってきた。


 「善行。先日は、すまぬ」
 「いえ。唆したのは私ですから。気にしないで下さい」
 「いや。決してこのままにはせぬ。この恩は必ず返す。必要な時は呼ぶがよい。お前が必要な時、私は必ず役に立とう」


 善行は微笑した。
 立場上、舞に助けて貰う様な事など、起こす訳にはいかない。だが、此処で断った処で、きっと彼女は拘るだろう。ならば、彼女の気の済む様に返事をしてやれば良い。


 「そうですか。それではいつか、そうさせて貰いましょう」
 「うむ」


 一緒に階段を昇る。


 「…善行」
 「何です?」
 「お前、この一週間、何を考えていた?」
 「猫の世話でそれどころじゃありませんでしたよ」
 「…猫!」


 舞の目が見開かれる。


 「嫌いですか?」
 「いっ、いや、その…お、お前の家には、ね、猫が居るのか?」


 先程までの態度と打って変わった、思いっきり思考が止まってしまった様な問い。


 「ええ、二匹」
 「に、二匹!二匹もか!」


 素っ頓狂な声に、思わず問い加減に視線を向けた。


 「…苦手、ですか?」
 「ちっ、違う!いや!その!えっ…えー…ええと、その」


 しどろもどろになってしまった舞を見て、善行はピンと来た。
 にや、と笑って彼女を見る。


 「触りに来ますか?」
 「!」


 すーっと上気してしまった舞を見て、確信する。


 「冗談ですよ。そうですか…芝村さんは猫好きなんですね」
 「う!ち、違!」


 「お早う。何話してるの?」


 速水がさり気なく、二人の間に入った。


 「お早うございます。芝村さんがお気に召した様なので、ウチの猫の話を」
 「おっ…!」
 「ああ、舞は猫が大好きなんだ。良い子だろ?」
 「あ、厚志!その話しは…っ!」


 速水はにっこり笑った。


 「良いじゃない。知られて困るような事じゃないもの」
 「わ、私が困る!」
 「何で?」
 「…は…恥ずかしいでは、ないか」
 「大丈夫ですよ。みんな、貴女が思う程、意外には思いませんから」
 「それはどうかな」
 「厚志…?」


 速水のやや剣呑な雰囲気に、舞が怪訝そうな顔をした時だった。


 「ほら、そこ。階段で立ち話をするな。もうすぐ時間だぞ」


 本田が階段を昇ってくる。
 確かに始業五分前だった。



-喪失 1/f Refrain.- 4/x
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