1.ささやかなのぞみ(承前)
「何故舞を戦場に出した」
戦闘の終了した、深夜。
速水と善行は、尚絅高校の裏庭にいた。
あれから善行と舞は複座型で戦場に乱入し、事もあろうに一番の撃墜数を上げてしまった。一時的に指揮系統を狂わせてしまったものの、状況は劣勢だっただけに、結果としては良い方向に収まってしまったのだ。
勿論軍規違反は厳罰である。縦社会での命令系統無視はあってはならない。本来なら営倉ものだが、戦況と速水の奔走が効いて、特別に謹慎一週間という破格の扱いに留まった。
そして今、善行は別の意味で速水に糾弾されている。
「僕は君を守るつもりはなかった。でも、君だけ処分が重いのじゃ、舞が気にする。だから、君も一緒に赦免して貰ったんだ」
「それについては感謝しています」
「…君なら、僕の意図は読めてるんじゃないのかい?」
「はい」
「じゃあ何故、彼女を戦場に出した?」
月明かりが、善行に対して斜に立つ速水を、背後から照らす。
うっすらと立ち上る、蒼い、オーラの様なもの。
「彼女が戦おうとする事は、彼女にとって絶対の意志なんだ。彼女は戦場にあってこその生き方を選んだ者。だからこそ、僕は彼女を戦場に置きたくない」
「偉くなった貴方では、直接彼女を守れないから、ですか」
「そうだ!」
速水は振り返る。
「僕以外の誰が、間違いなく彼女を守りきれる?そう…間違いなく、だ!」
薄く、笑った。
「−戦場に、100%なんて有り得ない、と思ってるだろう?」
「…いえ」
「良いよ。僕の居ない戦場はそんな処だろうから。知ってるよ?−君、あの大陸攻防戦に参加してたんだってね」
「…」
「一万もの部下を失ってなお、そんな顔が出来るんだから、余程のワルなんだろうね」
善行の表情は変わらない。
ただ、淡々と、速水を見つめている。
「僕と同じ、自らとどめ刺す生命の有り様に、本来は、何の感慨も持たぬ者」
シュン!
甲高く空気を切る音がして、焦げた様な匂いがする。
ちりちりとした痛みが、頬を刺す。
「善行…君、何故、帰らない?」
速水の放ったパンチの空打ちの衝撃波が、善行の頬を掠めていた。
「君の居るべき場所は、此処では無い筈だ。一体此処の、何に未練がある?」
ゆっくりと、歩み寄る。
その片手がゆっくりと伸びて、善行の首に掛かる。
「舞は渡さないよ」
「私が、芝村さんを?」
速水の手に、力が入る。
「何かの冗談ですか?それは」
更に力が入ってくる。
だが、善行の表情は微動だにしない。
ただ、淡々と語るのみ。
「私は単に、彼女のスカウト出撃を止めただけです。気に入らないというのなら、お好きにどうぞ」
不意に速水の手から、力が抜けた。
「…フ。君は自分の命も、何とも思っていない。そんな奴を殺しても、面白くもなんともない」
善行の首から、手が離れる。
「君は人のために生き、そして死ぬ。そういう男だ」
その手から蒼い湯気がゆらゆらと、立ち上るのが見える。
「原が、死ぬよ?」
善行は溜息を付いて、肩を竦めてみせた。
「御随意に」
速水はついに吹き出した。
「…つくづく張り合いがない男だな。少しは狼狽えてくれないと、脅し甲斐がない」
手から青い光が消える。
「まあいい。気が済んだ。今日は舞に免じて許す事にしよう。いい加減眠いしね。君にも後がつかえてる様だから。言っておくけど、二度はないよ」
つまらなそうに呟いて、速水は立ち去った。
その、後ろ姿を見送る善行の、背後。
「…流石に、お見通し、という訳ですか」
岩田が木陰から、滲むように現れる。
「…気配だけでしょう」
善行が、呟く様に応えた。
「やはり『竜』という事ですか…シルーグの為には、むしろ、これからが大事です」
先程の舞を思い出して、思わず首を振る。
「そうですね…」
「おや?どうしました?」
善行は白み始めた空を見上げて、溜息を付いた。
「参りましたよ…『彼女』は相当に悪辣です。それと知らずに、強烈なフェロモンをまき散らしている。なるほど、皆が芝村として厭い遠ざけるのは、結果的に正解だ」
岩田は、くる、くる、と不規則に回転している。
「悪辣とは酷い言い方じゃありませんか。私のシルーグは、素直で良い子ですよ?」
「ええ勿論。無自覚だからこそ、悪辣と申し上げた。」
「フフ、あてられましたか?私のシルーグの毒気に」
自信たっぷりな岩田の口調に、善行は苦笑した。
「確かに、これは気を付けてないとやられます。あれが、生殖可能者の『匂い』とでもいうものなのでしょうね…」
「フフ…彼女こそが『本物』ですからね…」
「第七世代の名に隠された、只一人の、選ばれしオリジナル、という訳ですか…」
岩田の回転が止まる。
「違いますよ、善行。あれは、自ら選んだもの。我々と同じく、その運命(さだめ)を知るものなのです」
善行は思わず岩田を見返した。
「…知って、いる…だと?−自分が『贄』で、あると?」
「そう。知りながら戦い続ける、誇り高き生き物なのです。我が、美しき、孤高のシルーグ」
「−そう、だったのですか…」
(待つ様に、出来てはおらぬ…っ!)
あの時の声が、聞こえた気がした。
ほんの少しだけ、心が、震えた−
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