Bon Voyage!  −After ARABASTA's Revolt−
「ONE_PIECE」(尾田栄一郎)より
2002-04-17 贈答品


 深夜。


 たしぎはその夜何度めかの、水飲みに起きあがった。

 航海に水が貴重な事は、よく判っていたが、今夜はよく喉が渇く。
 きっと、身体の火照りが抜けない所為だろう。
 それだけ涙と鼻水が止まらない所為かもしれない。

 「…っ!」

 歩く度に激しく痛む右足が、また、昼の出来事を思い起こさせて、悔しさが全身を駆け抜ける。
 また、瞼が、熱い。


 (忌々しい!)


 どっと湧いてきた何度めかの涙に、怒りを新たにする。
 誰一人として止める事もならず、お尋ね者と知りつつ、麦わらとその一味に手を貸した。
 確かにそれは、あの場の最善だったが、自分にとっての最善では無かった。


 私は、無力だ。


 壁を、叩く。
 「痛!」
 拳を見る。

 壁板の鋭い棘が刺さっていた。

 「…っ!」
 唇を噛む。
 摘んで、一気に抜いた。
 じわり、と血の玉が、浮く。

 ちりちりとした痛みが、まるで今の自分の心の様で、苛々を加速させた。


 (惨めだ…)


 水瓶の蓋を開けて、柄杓ですくった水を、一気に飲み干す。
 喉を通る冷たい水すらも、この冥い熱は、静められない。


 「…おさまらねえのか」


 「!」
 低い男の声にびっくりして、思わず振り向く。
 たしぎに背を向けて、ベッドに腰掛けるスモーカーの姿があった。
 「大佐…!」
 「悪いが勝手に入った。どうせ開けちゃくれまい?」
 「いえ…」
 言いながら、不満げな声音を押さえられなかった。
 今は誰の顔も見たくない。
 「正義を選ぶ事も出来ない弱さ、か…」
 スモーカーがゆっくり立ち上がった。
 「何とでも言って下さいっ!わ、私は…た、確かにっ」
 彼は、たしぎの前に、立ちはだかる。
 「弱いな」
 「!」


 ぐ、とその手がたしぎの顎と身体を、押さえつける。


 「…斬り付けますよ?」
 「好きに、しろ」
 言うなりスモーカーは、たしぎに荒々しく口付けた。
 「…ッ!」
 少し暴れてみたが、男の腕は、びくともしない。
 それがまた、昼間のあれを思い起こさせて、たしぎは再び、涙を流した。

 涙に気が付いて、男の唇が、離れる。

 「…そうやって、私を屈服させて、楽しいですか」
 男の目が、たしぎを正面から捉えた。
 「…楽しくなんかねえよ」
 「じゃあ何故」
 「…」
 スモーカーは応えず、そのまま唇をたしぎの首に這わせた。
 「…っ!…こ、応えて下さい」
 「…」
 その手が、たしぎのブラウスの中を、まさぐる。
 「…っあ…いや、です…こ、こんな、大佐…」
 「…たしぎ」
 「!」


 初めて聞く声だった。


 「…大佐?」
 おそるおそる、男を見る。
 目が合うと、スモーカーは、薄く笑った。
 見た事のない、ごく小さな、弱い笑み。
 「悔しいのは、お前だけじゃねえ、って事さ」

 胸が、疼いた。

 たしぎは、自由になる方の腕で、ゆっくりとスモーカーの背中を、抱いた。
 逞しい身体は、彼女の手には余る。
 「…良いのか?」
 心持ち不安そうな、声。
 これも、初めて聞く。
 「…今更何を」
 たしぎは、今宵初めての、笑みを浮かべた。
 「私達は、同じもの、なのでしょう?」
 男の手が、女の顔に、触れる。
 その無骨な指が、不器用に、涙を拭った。
 皮肉そうに歪んだ口元から、呟きが聞こえた。

 「…よくわかってるじゃねえか」


−Continueus Next_WJ(笑)−



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