また一人、女が絶命した。
いい加減むせ返る程の、異臭の、中。
それは血と、肉と、糞尿と、精液の混じり合った、強烈に生臭い、匂い。
闇の中に浮かび上がる、肢体の、鮮やかな、白。
その血にまみれて笑う男を、見ていられなくなって、瀬戸口は部屋を出た。
外の部屋で、資料整理をしている遠坂が、軽く視線を向けた。
「…駄目だ。やっぱり見てられん」
軽く首を振って、瀬戸口は備え付けのソファに深く座り込み、そのまま両手で顔を覆って、背もたれに寄りかかった。
「全世界の女性の味方としては、辛いところですか?」
「そんなんじゃないさ」
遠坂の問いに、溜息で応えて、吐き捨てる。
「俺が見たかったのは、あんな世界じゃないんだ」
びしゃ、と何かの固まりを無造作に捨てて、速水は顔を拭った。
青い髪と瞳が、赤く彩られた白い肌に、一層映える。
その青い目が、ゆっくりと他の「獲物」に向けられる。
手足をむしり取られた、狗の様な、女。
まだ息のあるその女は、あからさまに怯えた目を速水に向けた。
速水の口元が、淫猥に、歪む。
「善行。お前が、やれ。」
ただ一つ残っていた、背後の影が、ゆっくりと歩みを進める。
その表情は全く変わる事無く、女の前に立った。
チキ、と小さな金属音がして、すらり、と白刃が抜かれる。
「ひ、ひいい!」
女の表情が、歪んだ。
「一撃で殺るな」
酷薄な声が、した。
「いいか、脇腹から浅く刃を立てろ。深過ぎず、浅過ぎず、だ。そして刃を、ゆっくり上に動かせ」
凄惨な笑みを浮かべた速水からの、命令。
す、とその刃先が、女の下腹に当たる。
「ひああああああああああ!いやあああああ!」
極限の恐怖を思わせる、激しい悲鳴。
「良い声で鳴く。何て甘く、美しい恐怖だ。とても心地よくて、」
歌う様に速水は呟く。
「耳障りだ」
鈍い音がして、悲鳴が不意に途絶えた。
善行は軍刀を、その肉から引き抜くと、一振りして血糊を飛ばす。
直前迄ヒトだった、その肉塊はばしゃり、と、足下の泥濘に落ちた。
「…一撃か。そんなんじゃ、駄目だな」
つまらなそうな速水の声。
「申し訳ありません」
善行の応えには、その表情と同じく、感情が完全に排されていた。
「知っているかい?」
ゆっくりと、速水が善行に歩み寄る。
「絶望と恐怖に怯えて傷付く方が、何倍も、痛いんだよ?」
その口元に浮かぶ笑みはいっそ優しく、慈愛に満ちている。
「殊に絶望の頂点を極める時なんか、イッちゃいそうな位だ」
目の中に、きらきらと、輝く様な、狂気。
「断末魔、ってそうでなくちゃいけないだろ?」
その光が、眼鏡越しの目を捉える。
「その顔だ…」
す…と目が細められる。
「その目が、気に入らないんだよ」
その手が善行の顔に添えられる。
「何もかも判ったような顔をしてさ…」
血塗られた唇が、そのまま重ねられる。
善行は微動だに、しない。
やがて離れた唇が、再び歪んだ笑みを浮かべる。
「僕の何を知ってるって言うんだ」
善行の唇に、付けられた、血の跡。
「知りもしないクセに」
「ぐっ!」
速水の光速の拳が鳩尾に決まって、善行はそのまま前のめりに崩れ落ちる。
「簡単に殺るなって言っただろ!」
間髪を置かず蹴りが入って、泥濘の中に倒れ込んだ。
それでも死ぬ程ではなかったのは、彼が、
遊んでいるからに他ならない、
からであろう。
「…っく…」
胃液を一部吐いて、もがく様にして、半身を起こす。
見上げた先で、青の男はつまらなそうに、肉塊を眺めていた。
やがて。
「…知りたいか?」
ぽつり、と小さな声がした。
「…いえ」
「じゃあこれは、独り言だ」