怨讐
怨讐
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2003-01-17 初版 公開
2003-05-22 自己サイト公開

 また一人、女が絶命した。


 いい加減むせ返る程の、異臭の、中。
 それは血と、肉と、糞尿と、精液の混じり合った、強烈に生臭い、匂い。
 闇の中に浮かび上がる、肢体の、鮮やかな、白。


 その血にまみれて笑う男を、見ていられなくなって、瀬戸口は部屋を出た。
 外の部屋で、資料整理をしている遠坂が、軽く視線を向けた。
 「…駄目だ。やっぱり見てられん」
 軽く首を振って、瀬戸口は備え付けのソファに深く座り込み、そのまま両手で顔を覆って、背もたれに寄りかかった。
 「全世界の女性の味方としては、辛いところですか?」
 「そんなんじゃないさ」
 遠坂の問いに、溜息で応えて、吐き捨てる。
 「俺が見たかったのは、あんな世界じゃないんだ」




 びしゃ、と何かの固まりを無造作に捨てて、速水は顔を拭った。
 青い髪と瞳が、赤く彩られた白い肌に、一層映える。
 その青い目が、ゆっくりと他の「獲物」に向けられる。


 手足をむしり取られた、狗の様な、女。


 まだ息のあるその女は、あからさまに怯えた目を速水に向けた。
 速水の口元が、淫猥に、歪む。


 「善行。お前が、やれ。」


 ただ一つ残っていた、背後の影が、ゆっくりと歩みを進める。
 その表情は全く変わる事無く、女の前に立った。
 チキ、と小さな金属音がして、すらり、と白刃が抜かれる。
 「ひ、ひいい!」
 女の表情が、歪んだ。
 「一撃で殺るな」
 酷薄な声が、した。
 「いいか、脇腹から浅く刃を立てろ。深過ぎず、浅過ぎず、だ。そして刃を、ゆっくり上に動かせ」
 凄惨な笑みを浮かべた速水からの、命令。
 す、とその刃先が、女の下腹に当たる。
 「ひああああああああああ!いやあああああ!」
 極限の恐怖を思わせる、激しい悲鳴。
 「良い声で鳴く。何て甘く、美しい恐怖だ。とても心地よくて、」
 歌う様に速水は呟く。
 「耳障りだ」



 鈍い音がして、悲鳴が不意に途絶えた。



 善行は軍刀を、その肉から引き抜くと、一振りして血糊を飛ばす。
 直前迄ヒトだった、その肉塊はばしゃり、と、足下の泥濘に落ちた。
 「…一撃か。そんなんじゃ、駄目だな」
 つまらなそうな速水の声。
 「申し訳ありません」
 善行の応えには、その表情と同じく、感情が完全に排されていた。
 「知っているかい?」
 ゆっくりと、速水が善行に歩み寄る。
 「絶望と恐怖に怯えて傷付く方が、何倍も、痛いんだよ?」
 その口元に浮かぶ笑みはいっそ優しく、慈愛に満ちている。
 「殊に絶望の頂点を極める時なんか、イッちゃいそうな位だ」
 目の中に、きらきらと、輝く様な、狂気。
 「断末魔、ってそうでなくちゃいけないだろ?」
 その光が、眼鏡越しの目を捉える。
 「その顔だ…」
 す…と目が細められる。
 「その目が、気に入らないんだよ」
 その手が善行の顔に添えられる。
 「何もかも判ったような顔をしてさ…」
 血塗られた唇が、そのまま重ねられる。


 善行は微動だに、しない。


 やがて離れた唇が、再び歪んだ笑みを浮かべる。
 「僕の何を知ってるって言うんだ」
 善行の唇に、付けられた、血の跡。
 「知りもしないクセに」


 「ぐっ!」


 速水の光速の拳が鳩尾に決まって、善行はそのまま前のめりに崩れ落ちる。
 「簡単に殺るなって言っただろ!」
 間髪を置かず蹴りが入って、泥濘の中に倒れ込んだ。
 それでも死ぬ程ではなかったのは、彼が、



 遊んでいるからに他ならない、



 からであろう。
 「…っく…」
 胃液を一部吐いて、もがく様にして、半身を起こす。
 見上げた先で、青の男はつまらなそうに、肉塊を眺めていた。
 やがて。


 「…知りたいか?」


 ぽつり、と小さな声がした。
 「…いえ」
 「じゃあこれは、独り言だ」



-怨讐-1/3 
[NEXT]

[HOME] [Novel Index] [PageTop]