SHOES.
 −日常(仮)−
SHOES. −日常(仮)−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2003-04-23 公開



 「今日という今日は、許しませんからねえ〜!!!!」


 遠くの方から叫び声が聞こえて、祭が肩を竦めた。
 「はー…まーた未央ちゃんや。って事は」
 「瀬戸口君ですね。全くあの二人も懲りないものです」
 書類から顔を上げる事無く善行が相槌を打つ。
 「でもまあ、あの追いかけっこが双方の体力アップに繋がってるなら、それも結果オーライって処でしょう」
 「もー、委員長は夢がないんやからー」
 「夢、ですか?」
 「そうですて。アレは、未央ちゃんの、恋する乙女心、なんですわ☆」
 祭は似合わない目つきでうっとりと中空を見る。
 「未央ちゃんは瀬戸口君好き好きーなんですよ。よくあるやないですか、気になるから虐める、みたいの。それと同じで、ああやって追い掛けるのも告白みたいなもんですわ」
 「はあ…」
 善行が困惑した表情を祭に向けた時だった。


 バン!


 小隊隊長室の扉が勢い良く開いて、血相変えた瀬戸口が飛び込んできた。
 「せ、瀬戸口君?!」
 祭と善行が、詰まる処迄綺麗にハモるのを黙殺して、善行の背後に入る。
 「か、匿ってくれ〜!!!」
 「止めて下さい。貴方方の痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免です」
 「堅い事言わんでください委員長!俺だって命がけなんですよ〜!」
 「ですからそんな危ない事に巻き込むなと」



 「此処に居ましたか!女性の敵!!」



 きりりとした声に三人の目が入口に向く。
 息一つ乱さぬ風情で、すらりとした抜き身も鮮やかに、すっくと仁王立ちした胴着姿の未央が、その大きく澄んだ青い瞳に怒りの炎を爛々と輝かせて、只一人を、見つめていた。
 「こんな処に逃げ込んだのが運の尽きと思いなさい!いざ!覚悟!!」
 下げられた刀がひゅん!とうなりを上げて大上段に振りかぶられると同時に、たたたたた、と軽やかに間合いが詰まる。
 「ひゃあ!」
 祭の悲鳴もお構いなしに、未央の刀が善行−正確には善行の背後の瀬戸口に振り下ろされ−



 ぱきーん。



 「うっひゃあ!!」
 …高い金属音がして、祭の目の前に細長い金属が突き立った。
 「…え…え?!」
 未央が、手元を眺めて青ざめる。
 その時にはちゃっかり別の位置に移動していた瀬戸口も、呆然と、その動きを止めていた。


 善行の手には、軍靴が握られており、その甲に丁度当たった処から、刀が折れていたのだ。


 「…たまたま脱いでいたから、こんな芸も出来ましたけど、もう少し落ち着いて下さい。壬生屋さん」
 「…」
 未央にはその声が聞こえないのか、驚愕の表情のまま、ぶるぶると震えている。
 「貴女の大事な刀を折ってしまった事は謝ります。さぞ銘のある刀だとは思うのですが…」
 何事も無かったかの様に、善行は立ち上がり、淡々と、言葉を継ぐ。
 「…宜しかったら、一寸見せて頂けませんか。壬生屋さん?」
 最後の言葉で、未央は正気に返った。
 「あ、ああ、す、すみません、委員長…わ、私…」
 「いえ。こちらこそすみません。…良いですか?」
 「はい」
 すっかり大人しくなってしまった未央から折れた刀を受け取って、善行はそれを眺める。
 と。
 「こんな重い靴位で折れるなんて、未央ちゃんに悪いけど、なまくらなんとちゃうのん?」
 ぼそ、と祭の小さな声がした。
 「そんな事はありませんよ?」
 善行は手慣れた手つきで、刀を返してみせる。
 「よく打たれた物も割と簡単に折れるんです。折れるのは出来の悪いものだけではないんですよ」
 言いながら、引き出しから白い紙を二枚取り出し、一枚銜えると、目釘を抜く。
 そのまま手首をトン、と強く叩くと、チャキ、と音がして、刃が浮いた。
 「…流石に、扱い慣れてらっしゃるんですね…」
 控えめな、未央の声がした。
 「未央ちゃん?」
 「これは、いつものものではないんです。いつものは、研ぎに出してたので、研屋さんが代わりにと出してくれた差料なんです」
 柄から抜いた刃をもう一枚の紙で掴み、銘を眺めていた善行が、それに軽く頷く。
 「ですから…もしかしたら、その」
 恥ずかしそうな声に被さる様に、瀬戸口の声がした。
 「持ち主に弁償しなくちゃいけないかも知れないんだろ?だったらそんな刀抜くなよ!」
 未央の顔が赤く染まる。
 「全く、思慮分別のない女はこれだから困る。第一今、委員長が刀折らなかったらどうなってたか判ってんのかよ」
 「う…」
 「あ その言い方。ヤぁな感じや」
 祭が瀬戸口に咎める様な目を向けた。
 未央の目に涙がうっすらと溜まる。
 「泣く前に自分のしでかした事をだな」
 「瀬戸口君」
 刀を元に戻した善行が、その折れた刃先を瀬戸口に向けていた。
 「い、委員長?」
 「そんな事を言う前に、壬生屋さんにこれを抜かせた貴方こそ、責められるべきでしょう?違いますか?」
 眼鏡のブリッジを更に押し上げて。
 「それに。貴方が此処に逃げ込まなければ、今の事態は起きなかった筈です。それを棚に上げる事こそ、お門違いだと思いませんか?」
 「う…」
 善行はくるり、と刀を返すと壬生屋に差し出した。
 「失礼ながら、大した刀では無かった様です。これなら軍人の安月給でも弁償出来るでしょう」
 「…す、すみません」
 小さくなる未央に、善行は微笑する。
 「ご心配なく。貴女でなく、彼にさせますから」
 眼鏡の端からちらり、と目線が瀬戸口に行った。
 「え…俺?」
 「ついでに研賃も払ってあげなさい。その位の事はしても罰は当たりませんよ」
 「やるう、委員長」
 祭がしてやったりな声をあげる。
 「そ、そんなあ…大体、折ったの、委員長じゃないですかぁ!」
 情けない瀬戸口の声にも、善行の表情は変わらない。
 「私達の仕事の邪魔をした、迷惑料です」
 小さな伝票を取り出すと、サラサラと何か書いて印鑑を押し、それを未央に渡す。
 「これで彼の給料から天引きされますから、これを持って研屋さんに行って下さい」
 「委員長!」
 瀬戸口の抗議の声は丁重に無視された。
 「あの、でも、こんな事して頂いて…悪いのは、私ですのに…」
 「良いんですよ。ただ、これに懲りたら、もう少し周りを見る様にして下さい」
 「は…はい!」
 頬を染めて頷く未央と、それを微笑して見ている善行に、瀬戸口は面白くない視線を向ける。
 「ちぇ…らしくない事しやがって。第一刀を折ったのはあいつじゃないか…って、」
 ふととんでもない事に気が付いて、瀬戸口は首を傾げた。
 「考えてみたら、なんであんな革靴で折れるんだ?」
 「重みで折れたんやないの?」
 「んなアホな。間違っても日本刀だぞ?幾らなまくらだって革位じゃ…」
 言いつつちと、思案顔になる瀬戸口。
 と。
 「貴方方二人とも、入隊時に何習ってきたんですか?」
 かなり剣呑な声。
 「うっわ!」
 「そんな事は基礎ですよ。ねえ、壬生屋さん?」
 同意を求めた善行の視線の先で、胴着を着た娘は頬を染めた。
 「あの…私も、不思議に思っていたのですが…どうしてでしょう?」
 「はあ…?」
 善行は中指で眼鏡を押し上げて、大きく溜息をついた。
 「…そう、ですか」
 頭を大きく振ると、それまで素足の上に履いていた薄桃色のサンダルを脱いで、靴を履く。
 「来なさい。復習です」



 「この靴は、安全靴なんですよ」
 人気のない、ハンガーの裏側に、三人を連れてきて、善行は仁王立ちした。
 「安全靴?」
 三人が三人とも、きょとんとした顔をするのを見て、善行は額に手を当てる。
 が、気を取り直すように口を開いた。
 「こういう場に居ると何が起こるか判らない。だから、足をカバーする為に、此処の処に」
 甲からつま先に掛けてを指差す。
 「金属板が入っているんです。こういう靴を総称して、安全靴って言うんですよ」
 「はー…道理でー…重うて風通しがわっるい靴やなー思てたんですよー」
 「ダンプに上を走られても潰されないのがおよその基準です。足を潰されたくなかったら、現場では脱がない事ですね。整備はもっと徹底してる筈です」
 「ですが…私は…」
 「ええ。本当は貴女にも履いておいて貰いたい処なんですがね」
 と、未央に遠回しに釘を刺してから、善行は、す、と身構えた。
 「ですから、これに、第六世代のパワーが加わると」
 善行は、目の前の壊れたコンクリートの塀に、無造作に蹴りを繰り出す。


 鈍い音がして、ばらり、と新たなコンクリートが崩れ落ちた。


 「!」
 三人の目が見開かれる。
 「…っと、素足でも、こんな具合です」
 「じ、じゃあ…」
 それまで黙っていた瀬戸口が、腰を抜かしたような声を出す。
 「格闘訓練って、命がけじゃないか!」
 「おや瀬戸口君?君は知っていてあんな気のないキックを繰り出してるのかと思ってましたよ?」
 充分に嫌味の含んだ口調。
 「今初めて知ったのに知る訳無いだろう!これじゃあののみや女の子達なんか、凄く危ないじゃないか!」
 「…言われてみれば、せやな」
 頷く二人を後目に善行は眼鏡を持ち上げた。
 レンズが光を受けて、きらりと輝く。


 「これを受け止められるから、第六世代の身体は半端じゃないんです」



 善行の命令を嫌々受けながら、瀬戸口が壬生屋について研ぎ屋に行った後、善行と祭は小隊隊長室に戻った。
 「やれやれ。裸足でこの靴を履くとは思いませんでしたね。また怒られてしまいそうです」
 善行がサンダルに履き替える時の小さな呟きを、祭は聞き逃さなかった。
 「…誰です?」
 「はい?」
 「怒る人」
 善行は笑みを浮かべる。
 「靴下が汚いって言って、洗濯してくれてる人が居るんですよ。その人がこのナースサンダルも持ってきてくれて」
 「だから、誰です?」
 「このサンダルをプレゼントしてくれた人です」
 「だからぁ!」
 「違いますか?」
 にっこり笑って、善行は、机に向かう。
 祭は内心、舌打ちした。


 まだまだハードルは高い様だった。



−終劇−



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