其の壱:蠢動する陰謀(--;
「一寸。忙しいんだから早くしてくれない?」
素子は苛ついた声を、その男の背中に投げつけた。
深夜の倉庫。
「何時出撃があっても良い様にしなくちゃならないんだから。HWTの整備は人手が幾らあっても足りないのよ?判ってる?」
「ええ、判っていますよ。整備班長」
遠坂は、その端正な顔に鷹揚な笑みを浮かべて、ゆったりと振り向いた。
「貴女が忙しい事は重々承知しております。私もこの地位になる迄は、整備の真似事など、させて頂きましたので」
素子はフン、と鼻を鳴らす。
「本当に真似事ね。遠坂家のお坊ちゃんにそんな事をさせる筈も無いし」
「これは手厳しい」
「用件は、何?」
遠坂は表情を改めた。
「これはプライベートに過ぎて、本来口出しすべき事ではないのですが…」
「…?」
「原百翼長。貴女は、かつて司令と関係を持ち、そして別れた−と伺っております」
素子の顔に朱が走る。
「な…っ?!」
遠坂は、すかさず片手をあげて、素子を制する。
「あの方が御自分からその様な話をなさる筈もありません。これは、遠坂家独自の調査網から調べ上げた事です。あの方に罪はない」
言いながら遠坂は、制服のポケットから折り畳んだ書類の束を取り出して、素子に差し出した。
それを引きちぎる様に受け取って、素早く眺める素子の目に、怒りの炎が次第に燃えさかる。
「ヒ…トのプライベートを勝手に!この痴漢!」
素子の非難に、遠坂は軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。その誹りは幾らでも受けましょう。ですが、こちらからも言わせて頂きます」
頭を上げた遠坂の目が、鋭く素子を射抜く。
「百翼長。貴女は、危険だ」
その斬り付ける様な、冷たい光に射すくめられて、思わず素子は戦慄した。
それでも、精一杯の虚勢を、張る。
「な…何よ!貴方に、私と彼のことは関係ないでしょう?」
全身全霊で、遠坂を睨み付ける。
だが、遠坂は、微動だにしない。
「ですが、別れた後の貴女の素行は余りにも頂けません。これではいつ何時、貴女の行動が、あの方の邪魔になるとも限らない」
「!」
遠坂の目は底冷えする光を湛えて、素子を見つめている。
「忠孝様の障害になる事は、この私が許しません」
「こんなもの!」
叫ぶと同時に素子は資料をビリビリに引き裂いて、その残骸を遠坂に投げつける。
「余計なお世話だわ!」
「おやめなさい!」
その語気の鋭さに、素子の動きが止まる。
遠坂は、散らばった資料を丹念に拾って、再びポケットにしまった。
「この資料が表に出て困るのは貴女でしょう?そういう短慮が困る、というのです」
「何よ偉そうに…大体何なのその忠孝様って?家令でもないくせに気持ち悪い。貴方達何?」
「何でもありません。これは私の一存です。善行家と忠孝様は何一つ与り知らぬ事」
「私と彼とは…お、終わってるのよ!」
遠坂の頬に冷たい笑みが浮かぶ。
「結構。だったらその様に思慮分別ある行動をお願いしたいものですね」
素子が唇を噛む。
「でなければ、私は貴女を排除しなければならない。なるべくならそれは、したくありません。あの方が悲しまれる」
「そんな訳…ないでしょう?アイツは私をフッたんだから!」
遠坂は柔らかに、笑った。
「さて。どうでしょうかね」