フェイク・ラブ  −9999Hits_Ver.−
フェイク・ラブ −9999Hits_Ver.−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2002-12-07 初版 公開
2001-12-10 第二版公開


 その微かな「音」に、足を止めた。

 「音」が聞こえた方に身体を向ける。
 視線の先には小隊隊長室。

 足音をひそめて歩み寄る。
 殺そうとして殺し切れていないその「音」は、
 次第に小刻みになっていく。

 「…っぁ」

 確かに、女の喘ぎ、だった。

 「行きますよ」

 囁く様な、男の声。

 どちらの声にも、心当たりが、あった。
 その手が、激しく握られて、その拳から、血が滴り落ちる。


 許さない。


 自分から、彼を奪う者は、何人たりとも、許さない−



1.帰還後


 善行が突然、関東に帰還した。
 心中何か期するものがあったらしい。
 かなりあわただしい帰還で、少しばかり小隊内は混乱したが、司令にはすぐ後釜が収まり、どうにか落ち着いた。

 そんな夜、舞はハンガーに佇んで、見るともなく、士魂号を眺めていた。

 (カダヤ、ですか…?)

 告白し、受け入れてくれた迄はよかったが、その呼び名は、決して許してくれなかった男。
 身体迄許したのに、その名で呼ぶ事だけは、頑なに拒否をした。

 (意味を、知っているのか? では何故…!)
 (その言葉は、もっと大切な方が出来た時に言ってあげて下さい)

 寝物語に、理由を何度も問うたが、答えてくれた事はなかった。
 (馬鹿な事を言う。私にとってその…大切なのはそなたなのだ!だから…)
 その言葉には、微笑で応えて、その続きを言わせなかった。
 (私はこうやって、貴女に逢えるだけで充分なのですから)
 そう言いながら、そっと抱いてくれた温もりだけが、今の記憶だ。
 今にして思えば、男は初めから、何かを決意していたのだろうか。

 例えば、こうやって自分の前から、立ち去る事を。


 「寂しそうね」


 背後の声に、舞は、我に返る。
 振り返るとそこに、素子が居た。
 後ろを取られた不覚に悔やみつつ、そんなに深く入り込んでいる程、男を想っていた自分に愕然とする。
 「あら、どうしたの?その顔」
 「いや…何でもない。背後を取られた不覚に自己嫌悪しているだけだ」
 素子はふふ、と笑った。
 「そんなに、良かった? 彼」
 言っている事の二重の意味に、即座に思い至って、上気してしまった。

 今迄の自分なら、決して有り得ない。

 「い、いや、その…」
 「あらあら、ごちそうさま」
 素子は、意味あり気な微笑を浮かべる。
 「鈍かった芝村さんを此処迄にするなんて、妬けちゃうわねぇ」
 「ち、違!」
 慌てて失態をうち消そうとしたが、素子は全く意に介さない風情だ。
 「隠さなくても良いのよ。恋人同士だったんだから、憚らなくったって」


 と、素子は軽く溜息を付いた。


 「…ねえ」
 表情がしみじみとしたものに変わる。
 「時間があるなら、一寸お茶しない?」
 「…?」
 「イマカノとモトカノで、アレを懐かしむ、ってどう?」


 一寸笑んだその顔に、軽い哀愁がある。


 舞は、静かに頷いた。




 素子は舞を、無人の小隊隊長室に案内した。
 逢瀬を楽しんだのは、何時もこの位の時間だったな、と舞は思う。
 二人とも仕事が山積みで、なかなか時間が取れなかった。
 だから深夜、皆が居なくなった頃を見計らって、舞が隊長室に忍び込む。
 ハンガーより人の居ない隊長室は、絶好の場所だった。

 「出来たわよ。はい」

 素子は勝手知ったる手つきで、隊長室の湯飲みを取り出して、お茶を入れてくれた。
 祭が隠してる緑茶をどこからか探し当てて、二人分の湯飲みに注ぐ。
 「本当は紅茶が良かったんだけど、此処には無いのよね」
 「良い。知っておる」
 善行がよくそう言って、緑茶を入れてくれたのを思い出す。
 あれはコーヒー党だったな、と小さく笑った。
 「ふぅん…?」
 意味有り気な素子の相槌に、思わず我に返る。
 「い、いや!そ、そのち、違うぞ?」
 「何が?別に私は、何も言ってないわよ?」
 焦って舞は緑茶に口を付けた。
 猫舌気味の舞にも飲める、優しい温度で、一気に喉に流し込める。
 香りは変わらない、と思ったその時だった。



 手から湯飲みが落ちた。



 「…?!」
 身体に力が入らない。
 腰の力が抜けて、椅子に座る事すらままならない。
 下半身と頭の芯だけが、奇妙にに熱く火照る。
 「う…ぁ?!」
 股根ががくがくと震え、その中から激しい熱欲がせり上がってくる。



 意識を揺さぶる様な、淫欲の、波。



 自らの身体に何が起こったのか、咄嗟に判らず、素子に目を向けた。
 彼女の表情は特に変わっていない。


 「ああそれ、催淫剤。そろそろ腰の力が抜けて立てない筈よ」


 中身にそぐわない、無造作な、口調。

 「な」
 「即効性で、首から下の自律的な動きを奪っちゃう特別製なの。意識は弄らない習慣性のないやつなんだけど、これ使って、正気を保てた奴なんて知らないわね」
 うっすらと笑って立ち上がった。
 「あの陰気な娘にも何度か使ったけど、効果の程は高いわよ?」
 そのまま舞の両腕を掴むと、ガムテープでグルグル巻きにして、床に転がす。
 睨み付けた舞を、面白そうに見下ろした。

 「壊れる様を見るのは楽しいわ」



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