彼は、その時、確かに笑ったのだ。
その青き光に、抱かれる様にして。
1.決戦前夜
最後の会議を終えて、善行は本部を後にした。
すっかり夜も更けて、辺りは静まり返っている。
「決戦前夜とは思えない、静けさだな…」
思わず、一人ごちた。
会議に入る前には、あちこちに慌ただしさが漂っていたものだったが、今は皆が、明日に備えて眠りについている。
だが、そこはかとない緊張感は、覆うべくもない。
明日は、人類の危急存亡を賭けた、未曾有の大攻勢が始まるのだから。
善行は立ち止まって、空を見上げた。
黄色い大地をあまねく照らす月は、冴えざえと、蒼い。
その光の美しさと青さに、渇く様な懐かしさを覚えた時だった。
「少尉殿」
若宮だった。
軽く合図をすると、駆け寄ってくる。
「…いよいよですな」
低い問いを重荷に感じて、善行は、苦笑気味に返す。
「色々と、大変な事が幾つもあって…様々な思惑も、入り乱れている。考えなくてはならない事は山積みなのに、明日は命を賭けなくてはいけない。正直、少し、逃げ出したくなってきている処です」
若宮が、柔らかい笑顔を向けた。
「初陣ですからな…ですが、部下の前で出さなければいいですよ」
「ええ、判っています」
言外に、貴方だから甘えたのだ、と匂わせて、善行は頷く。
「指揮官たるもの、何処迄も『フォローミー』で無くてはなりませんから」
「その通りです」
「自分は、君達が、命を賭けるに足る士官になっていますか?」
「それは、明日の、貴方次第です…少尉殿」
善行は、溜息をついた。
「…君にはすまない事をしたと思っています」
「はい?」
怪訝そうな若宮を見ながら、善行は、言葉を継いだ。
「疑われ、狙われてるのは自分だけの筈なのに、一緒に居たと言うだけで、君はこんな処で命を賭ける羽目になってしまっている。許して下さい」
若宮は破顔した。
「これが、本分ですから」
「戦士…」
善行は無意識に、自分の胸の辺りを触っていた。
その服の下には、「男」から貰い受けた、ペンダントが下がっている。
若宮が月を見上げるのに倣って、善行も再び、空を見上げた。
禍々しい迄の黒い月と、寄り添うような、青い月。
その降り注ぐ光が、限りなく、優しい。
「生きて下さい。」
続く言葉は、なかった。
2.刺客
暁に始まった戦闘は、留まる処を知らなかった。
何しろそれは、優位不利といったものではなく、
只の『殺戮』に過ぎなかったから。
人類は、ただ押され、一方的に、蹂躙された。
ヒトの英知と総力を結集した筈の最後の砦は、いとも簡単に崩れ去り、その意義と価値を、あっさりと失った。
阿鼻獄の中を、ある者は逃げまどい、そしてある者は無駄な抵抗を試み、等しくその命を散らしていった。
そして、そんな中、全く異なる戦いを展開している者達が、居た。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
善行は、走る。
たった一人、全力で。部下など、戦闘の序盤で全て失っていた。
もう、どの位走ったか知れやしない。とっくに自らの限界は超えていた。
撃たれた左肩が、血を滴らせ、熱を帯びている。
だが、歩みを止める訳にはいかない。
背後に迫る、『刺客』から、身を守るために。
「!」
眼前に現れた幻獣を、咄嗟にカトラスで切り飛ばす。
背後に気配を感じて、脇の建物の影に転がり込む。
肺が酸素を求めて、激しく、喘いだ。
ヒュン!
元居た処を、ミサイルが掠めるのを見て、背筋が凍る。
(あんなので、撃たれたら、ひとたまりもない…!)
それほどに、攻撃の、容赦が、ない。
それでも、軍が幻獣の為に用意したトラップを利用する事で、此処迄に何とか相手の攻撃力と武器を最低限に削った。今相手は、ハンドガンとバズーカしか持っていない。
「後…1発」
相手の残弾を推測する。少なくとも、掠るだけでも決まる武器はあれだけだ。
全弾を使い切らせて、初めて橋頭堡が掴める。
掴めるだけ。
相当に運が良くて相打ち、という現状に、肝が冷える。
素手だって、歯の立つ相手では無かった。
善行は、努めて呼吸を落ち着かせながら、今迄の状況を素早く反芻した。
撤退命令を受け、部下を守って恐怖と戦いながら殿を務めていた善行は、殿で居た事が幸いしてか、隊で只一人生き残ってしまった。
(それでも、本隊に合流しなければ…っ)
隊長が生き残った事で、誹りは受ける事になるだろうが、そんな事に構っている暇はなかった。
痛切な迄の運不運が、明暗を分けている。
と。
見覚えのある、大柄のウォードレスが眼に入った。
「戦士…!」
善行は、流石に安堵する自分を隠せなかった。
一歩を踏み出した時、ウォードレスは此方にゆっくりと、銃を向けた。
「…な?」
善行の足が止まるのと、銃口が火を噴くのは同時だった。