仮説・パラノイア  −大陸幻想異聞−
仮説・パラノイア −大陸幻想異聞−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2002-10-26 初版 公開
2003-12-28 二版 公開



 彼は、その時、確かに笑ったのだ。
 その青き光に、抱かれる様にして。



1.決戦前夜


 最後の会議を終えて、善行は本部を後にした。
 すっかり夜も更けて、辺りは静まり返っている。

 「決戦前夜とは思えない、静けさだな…」

 思わず、一人ごちた。
 会議に入る前には、あちこちに慌ただしさが漂っていたものだったが、今は皆が、明日に備えて眠りについている。
 だが、そこはかとない緊張感は、覆うべくもない。


 明日は、人類の危急存亡を賭けた、未曾有の大攻勢が始まるのだから。


 善行は立ち止まって、空を見上げた。

 黄色い大地をあまねく照らす月は、冴えざえと、蒼い。
 その光の美しさと青さに、渇く様な懐かしさを覚えた時だった。

 「少尉殿」

 若宮だった。
 軽く合図をすると、駆け寄ってくる。
 「…いよいよですな」
 低い問いを重荷に感じて、善行は、苦笑気味に返す。
 「色々と、大変な事が幾つもあって…様々な思惑も、入り乱れている。考えなくてはならない事は山積みなのに、明日は命を賭けなくてはいけない。正直、少し、逃げ出したくなってきている処です」
 若宮が、柔らかい笑顔を向けた。
 「初陣ですからな…ですが、部下の前で出さなければいいですよ」
 「ええ、判っています」
 言外に、貴方だから甘えたのだ、と匂わせて、善行は頷く。
 「指揮官たるもの、何処迄も『フォローミー』で無くてはなりませんから」
 「その通りです」
 「自分は、君達が、命を賭けるに足る士官になっていますか?」
 「それは、明日の、貴方次第です…少尉殿」


 善行は、溜息をついた。


 「…君にはすまない事をしたと思っています」
 「はい?」
 怪訝そうな若宮を見ながら、善行は、言葉を継いだ。
 「疑われ、狙われてるのは自分だけの筈なのに、一緒に居たと言うだけで、君はこんな処で命を賭ける羽目になってしまっている。許して下さい」
 若宮は破顔した。
 「これが、本分ですから」
 「戦士…」
 善行は無意識に、自分の胸の辺りを触っていた。
 その服の下には、「男」から貰い受けた、ペンダントが下がっている。

 若宮が月を見上げるのに倣って、善行も再び、空を見上げた。
 禍々しい迄の黒い月と、寄り添うような、青い月。


 その降り注ぐ光が、限りなく、優しい。

 「生きて下さい。」


 続く言葉は、なかった。



2.刺客


 暁に始まった戦闘は、留まる処を知らなかった。
 何しろそれは、優位不利といったものではなく、



 只の『殺戮』に過ぎなかったから。



 人類は、ただ押され、一方的に、蹂躙された。
 ヒトの英知と総力を結集した筈の最後の砦は、いとも簡単に崩れ去り、その意義と価値を、あっさりと失った。
 阿鼻獄の中を、ある者は逃げまどい、そしてある者は無駄な抵抗を試み、等しくその命を散らしていった。


 そして、そんな中、全く異なる戦いを展開している者達が、居た。


 「ハァ、ハァ、ハァ…」
 善行は、走る。
 たった一人、全力で。部下など、戦闘の序盤で全て失っていた。
 もう、どの位走ったか知れやしない。とっくに自らの限界は超えていた。
 撃たれた左肩が、血を滴らせ、熱を帯びている。
 だが、歩みを止める訳にはいかない。


 背後に迫る、『刺客』から、身を守るために。


 「!」
 眼前に現れた幻獣を、咄嗟にカトラスで切り飛ばす。
 背後に気配を感じて、脇の建物の影に転がり込む。
 肺が酸素を求めて、激しく、喘いだ。


 ヒュン!


 元居た処を、ミサイルが掠めるのを見て、背筋が凍る。
 (あんなので、撃たれたら、ひとたまりもない…!)
 それほどに、攻撃の、容赦が、ない。
 それでも、軍が幻獣の為に用意したトラップを利用する事で、此処迄に何とか相手の攻撃力と武器を最低限に削った。今相手は、ハンドガンとバズーカしか持っていない。
 「後…1発」
 相手の残弾を推測する。少なくとも、掠るだけでも決まる武器はあれだけだ。
 全弾を使い切らせて、初めて橋頭堡が掴める。


 掴めるだけ。


 相当に運が良くて相打ち、という現状に、肝が冷える。
 素手だって、歯の立つ相手では無かった。

 善行は、努めて呼吸を落ち着かせながら、今迄の状況を素早く反芻した。






 撤退命令を受け、部下を守って恐怖と戦いながら殿を務めていた善行は、殿で居た事が幸いしてか、隊で只一人生き残ってしまった。
 (それでも、本隊に合流しなければ…っ)
 隊長が生き残った事で、誹りは受ける事になるだろうが、そんな事に構っている暇はなかった。
 痛切な迄の運不運が、明暗を分けている。

 と。

 見覚えのある、大柄のウォードレスが眼に入った。
 「戦士…!」
 善行は、流石に安堵する自分を隠せなかった。
 一歩を踏み出した時、ウォードレスは此方にゆっくりと、銃を向けた。

 「…な?」

 善行の足が止まるのと、銃口が火を噴くのは同時だった。



-仮説・パラノイア-1/4 
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