2.Cicatrix −傷つきしもの−

 萌の協力を得て、何とか巧く誤魔化して舞を連れ帰り、中和剤を打って解決した筈の深夜、善行は倉庫に呼び出された。

 倉庫に差し込む青い月明かりの下に、舞が俯いて、立っていた。
 その首筋の包帯が、痛々しい。

 「…先程は…済まぬ」

 ぽつり、と呟く。
 ぶっきらぼうだが、少し恥じらいのある、声。
 「その…そなたに…助けて貰ったのに…あ、あのような事を…」
 中和剤を打って正気に返った直後、舞は善行をつい、力任せにひっぱたいて、そのまま逃げ出してしまったのである。萌がすぐに鎮静剤を塗ってくれたので、目立った腫れにはなっていないのが、幸いだった。
 善行は微笑した。
 「何の事です?私は貴女に謝られる様な事は、何一つしてませんよ?」
 「善行…」
 「私こそ、貴女に謝らなければなりません。不可抗力とは言え、貴女の、あの様な状態を見てしまった事は、大変な事です。謝罪の印に、今日の一件は全て忘れるという事で、宜しいでしょうか?」

 舞は、答えなかった。

 代わりに、ゆっくりと顔をあげ、近付いてくる。
 舞は、間近に立つと、その手を善行の頭に添えて、そのままいきなり口付けた。
 「!」
 善行が焦って唇を離す。
 間近の舞の瞳を覗き込むようにして、小さく叫ぶ。
 「な…何を!」
 舞は構わず、男の制服の上着の止めに、掛けた。
 「その…好きにして良い」
 声が微妙に震えている。
 「…口止めのつもりですか」
 小さく訊ねる善行を無視して、舞は善行の上着を次々と剥いでいく。
 「そんな事をしなくても、誰にも言う気はありませんよ。石津さんにも、若宮君にも、口止めはしてありますし、彼等はそも、言うような輩じゃない」
 「判っている」
 「じゃあ何故」
 再び口付けてくる、舞。
 躊躇いがちに入ってきた舌が、相手を求めて絡み合う。
 「!」
 彼女の鼻を抜ける吐息の不自然な熱さに気付いて、善行は再び無理矢理唇を離した。
 「芝村さん…まさか貴女…」
 「あ…熱いのだ…まだ…た、助けてくれ…善行」
 「何を言っているのです。それならまた中和剤を…っ!」
 動こうとした善行の股間に、舞の手が触れていた。
 「貴女…何を…」
 その手がバミューダパンツ越しに股間をゆっくりと撫でさする。
 「行くな…誰にも知られたく…ない…」
 その語尾の息の抜け方が、無闇に艶っぽくて、昼間の肢体を想起させてしまっていた。

 ぐ、と怒張するのを感じて、舞がうっすらと笑った。

 善行は、覚悟を決めた。
 「…仕方ありませんね」
 そのまま舞に導かれる様に彼女を押し倒し、制服の前を手際よくはだけていく。
 舞は善行のパンツのジッパーを下ろし、それを取り出した。
 「お前のは…大きいのだな…」
 善行の眉根が寄る。
 「速水君との比較ですか?」
 舞の表情が、微妙に曇る。
 「…すみません。こういう時、他の男の話は無しですね」
 善行は眼鏡を外して脇に置き、口付けた。
 「んん…」
 むしゃぶりつくようなキス。
 そのまま善行の手が、舞の下腹部に伸びた。
 「!」
 舞の全身に、微かな緊張が走る。
 善行は唇を離して、舞を見た。
 目が合うと、頬を染めて、視線をずらす。
 「何…わ、私も、初めてでは、ない。…その、余り、経験が…」
 慌てた様な言葉に、静かな微笑で応える。
 伏せられた睫毛が思ったより長いな、と思った。
 「…大丈夫」
 ゆっくりと、その指が、陰核に触れた。
 「う!」
 既に充分気分が出来上がっているのか、それだけで、ぬめりが激しくなる。
 愛液を指に絡めて、そっと指を二本、挿入した。
 「あ…」
 指を動かす度に、次第に猥雑な音が響く様になる。
 そのリズムに合わせて、すすり泣くような吐息が漏れ始めた。
 次第に硬く、そそり立ってきた乳首に、そっと口付ける。
 「んん」
 甘やかな吐息が、鼻から抜けた。
 頃合いを見て、指を抜き、スカートとストッキングを、脱がす。
 「じゃあ、行きますよ」
 舞が小さく頷くのを受けて、善行は、彼女の中に自分を押し入れた。
 「っあ」
 抵抗感らしいモノはないが、それでも充分な締め付け感を感じながら、奥へと押し込む。
 「っふ…あ…く…ぅっ…う」
 中へと入る度に、彼女の声があがった。
 「あぅ…んふ…ぁ…ああ…あああっ…あ!」


 根本まで、入った。


 「ああああ…あああああ…」
 全身をふるわす様にして、声をあげつつ、舞は善行を抱きしめた。
 「ああ…」

 快楽に溺れるような声を上げている、舞の右手が、シャープペンを握りしめていた。

 その細い切っ先が、善行の首の背面あたりに構えられる。
 振り下ろされようとした、その時。



 「芝村の作法に、閨房の暗殺術があるとは、思いませんでしたよ」



 「!」
 舞の目が、見開かれた。
 「…貴女に、これを教えたのは、誰です?」
 善行は、交合したまま上体を起こすと、舞の両手を掴んだ。
 「うぁ…っ」
 右手から、凶器になり損なったシャープペンが落ちる。
 「あの人や、速水君では、ありませんね。どちらも貴女を大事にしている。貴女にこんな術を教える筈がない」
 「善、行…っ」
 「かなりの快感を感じているだろうに、これだけの行動を起こすとは、大した意志力ですね。やはり私に見られたのは、そんなにも屈辱でしたか?」
 善行は、手を持ったまま、彼女の乳首を噛んだ。
 「い…や…ち、違…あ!」
 舞の目に、微かに涙が浮いた。
 善行は薄く笑って、舞の左手を開く様にした。
 「違…う…っ」
 そのまま手首近くに何かをぐ、と押し当てる。
 「?…っく!は!」
 無理矢理、多目的結晶に何かが装填された。
 「…まさか貴女にこれを使う事になるとは思いませんでしたよ」



-Eclipsis-2/4 
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