2.失意
−3月−
速水が戦死した。
激戦区に転戦して、2回目の戦闘でやられた。小隊初の戦死者である。
ウォードレスの配給が間に合わなかったので、出るのを止めたのに、「そうそう当たるものでもないから」と無理矢理押し切られた。確かに複座型は一人では出撃できないし、スカウトと違って戦車兵はウォードレスを着なくても、士魂号を動かせる。普段のレベルだったらそれで何とかなったのだが、その日はたまたまとんでもない数と種類の幻獣が出てしまったのだ。
運の良い速水にしては、珍しく不運だったという他無い。
それでも彼は彼なりに相当に奮戦した筈だったのだが、一寸だけ練度が足りなかった、という処だろう。複座型は大破。辛うじてウォードレスを着ていた舞だけが助かった。
(何が「君が出ないと降りられない」だ…)
最後まで舞の行く末を心配していた。死に際、舞を脱出させる為についた、下手な嘘までが、今も耳に残っている。
だが、舞は芝村だ。皆が悲しむようには嘆かない。
彼女なりのやり方で悼むだけだ。
「そこで見て居よ厚志。そなたの仇は必ず取ってみせる」
戦場から戻った翌朝、ハンガーへ士魂号の修繕に向かう。今になって、癪に障る程の数のウォードレスが届くのが眼に入る。
「今更…」
苦々しく舌打ちするが、怒っていても仕方がない。現実は待ってはくれないのだ。早々に後任も決めなくてはいけない。ハンガーに向かう足取りも自然、早まった。
「よう」
肩を叩かれて振り返る。
そこに若宮が居た。
「…大丈夫か?」
優しい笑みを浮かべている。
この男なりに、気を使っているらしい。
「ああ」
「そうか…」
肩を並べて歩く。
今、若宮はスカウトではない。先の戦闘の直前に、突然無職にされたのだ。だから今、鍛える以外にする事がない。この男本来の「用途」からいけば、無職などという状態は戦況を悪化させこそすれ、良い方向になどならない筈なのである。だからこの配置換えには陰謀の匂いが濃厚だ。どこかで勢力争いが起きている。
歩きながら、若宮は呟いた。
「…こんな時代だからな。誰も、ヤツの事を振り返らないだろうが、せめて俺ひとりぐらいは、悼んでやろうと思ってな」
若宮は舞と、目を合わさない。
「…そうだな」
その沈み気味の横顔を見ながら、軽く相づちを打つ。
先の戦闘で戦死者が出た事を聞いた時、一番悔しがったのも彼だと聞いていた。
ふと舞は、彼が、自分が戦場に出られなかった事の無念を告げているのだと、思った。
小隊隊長室の側で若宮と別れ、舞は一人、ハンガーに入った。
入って、慄然とした。
いつものように整備兵が立ち働いている、その情景は変わらないのに、どこか雰囲気が異様に重苦しい。
「どうした事だこれは…」
思わず一人ごちる。
「…どうもしやしないわ。みんな哀しいだけ」
腕組みをした原が、すぐ側に立っていた。
「整備班長…」
「みんな、速水君の死を悲しんでいるのよ。速水君、整備班のアイドルだったから」
「…あやつは皆に優しかったからな」
「そうね…ホントによく気の回る子だった。今考えると恐しい位」
原は手を顎に当てて、難しそうな顔をする。
「でも、そんな彼を好きだった子達が、此処には沢山居るわ。きっと、田代さんや新井木さん、森さんあたりは、そうだと思う」
「…そなたは、どうなのだ」
「え?」
原は、面食らったような顔をした。その顔がちょっと陰る。
「私?…私も、確かに哀しいわ。でも、それよりもっと、頭に来る事があるの。だから、私はあの子達ほど素直に悲しめない」
「頭に来ること?」
「こんな激戦区に転戦した、司令の思惑」
言葉の中に、妙に絡んだ、熱っぽい怒りが隠れている。
「我らは遊軍で、準竜師の私兵扱いだからな。それは、当たり前の事だと思うが?」
「…貴女も、そんな事を言うのね」
低く沈んだ、何かが隠れた声。
「?」
問いかけるように原を見る。
と、彼女は不意に笑った。
「…なんでもないわ。とにかく、みんなを励ましてくれない?故障が多くて大変なのに、こんなんじゃ仕事がはかどらないもの」