Nostalgic Scar  −妬心幻想異聞3−
 Nostalgic Scar −妬心幻想異聞3−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2002-06-12 公開

0.カルテ

 「次の要請は?」
 「傷痍軍人の特急再生。将校特権にS付箋付きだ」
 「エスだって?じゃあ、頭弄るのか?」
 「いや、その逆だ。頭周りは絶対に弄るな、との厳命付」
 「そいつはつまらないなあ…記憶位なら抜く手もあるのに」
 「頭を弄ると困る何かがあるんだろうよ。エス共の考える事は私らには解る訳もないからな」
 「どれどれ…うわあ、こいつは酷いな。逆に頭だけが無事って事か。それなら残しもしたいだろうが、この状態で真っ当な精神が残ってるのか?」
 「さてな。何しろ紅一号の生き残りの内の1人らしいから、上も残したいんだろうよ」
 「って事は、二人の内の片割れか。これだけの怪我にせよ、よく人の形で戻ってきたもんだ」
 「もう片方はこれが連れ帰ったらしいぜ。そっちは頭だけでほぼ無傷。ウォードレス頼みではあっても、そこ迄は相当な精神力だな」
 「凄いな。それなら新世代開発の為に、是非脳を見たいものだが…エス付きではなあ…残念だ」
 「カルテをもう一度見せてくれ。確認する…ん?」
 「どうした」
 「妙な要請が付いてるな、と思ってな」
 「視力矯正か?昨今の再生を使う奴には多いぞ」
 「いや、こっちだ」
 「ああ…これは確かにあれだな。フル・クローニングでは無理だぞ?」
 「これだけ字が違うな。要請は本人か?」
 「全く、何の拘りなんだかな。要らん手間だよ」
 「まあ良い。良い機会だからあれの臨床をやっちまおう。その位は平気だろ?」
 「『特権』とはそういう事だからな。フ、知らずに使う馬鹿の何と多い事か。お陰で色々捗って有り難いがね」
 「ま、こいつはエス付だから、派手な事は出来ないがな」



1.欺瞞

 素子は開口一番、嫌味を言い放った。
 「随分と老け込んだものね。別れといて正解だったかしら?」
 善行は、背もたれに寄りかかったまま、苦笑する。
 「色々と気苦労が多くてね。貴女は一段と綺麗になりましたね」
 椅子に座ったままの善行と、その前で仁王立ちしている素子。
 深夜の、小隊隊長室で対峙する、二人。
 「当たり前よ。私は貴方とは違うの」
 素子は自信たっぷりの眼差しで、善行を睥睨した。
 「大体何その格好。もう少し自分の歳と外見を考えたら?怪しさも一段と増してるわよ」
 「そりゃあ学兵の中に入るんですから、少しでも若く」
 「…変人にしか見えないわよ」
 「そうですか?」
 素子は嘲笑う様に、高らかに笑った。
 「『少しでも若く』が聞いて呆れるわよ。格闘訓練で、ののみにぶっ飛ばされたんですって?みっともないったらありゃしないわ」
 「相変わらず手厳しいですね」
 善行の中指が、丸眼鏡のブリッジを、くいっと上げる。
 「−随分緩いフレームなのね」
 「はい?」
 「貴方、そんな癖、昔無かったでしょ」
 「そうですか?」
 素子は善行から目をそらした。
 「嫌な奴。そんな処は変わってないのね」
 善行は薄く笑って、椅子を斜向きにした。
 「いいえ。私も、随分変わりましたよ、百翼長。時というのは、誰にも等しく流れるものなのです。ただ、誰にも良い様に、流れる訳では無いだけでね」
 素子が一瞬、ハッとした表情で善行を見る。
 が、慌てて取り繕う様に、言葉を継いだ。
 「岩田君と、踊ったりする事が?」
 善行は再び苦笑した。
 「−何を見てるんですか。私なんかをつけ回すのは止めなさいと言ったでしょう?」
 「フン。変人同士、さぞかし気が合うんでしょうね。一緒にしないで頂戴。貴方と違って私は真面目なんですから」


 踵を返し、立ち去る素子の背を横目で見ながら、善行は小さく溜息を付いた。
 再び眼鏡を押し上げて、呟いてみる。

 「…よく、覚えてるものですね…」




 『201v1、201v1 全兵員は現時点をもって作業を放棄、可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す。201v1、201v1、全兵員は教室に集合せよ』

 出撃召集が校内中に響き渡る。
 そこかしこの学兵達が、所定の場所に向かって一斉に走り出す。
 ハンガーから教室に向かって駆け出した素子は、シャワー室から飛び出した善行と、正面衝突してしまった。
 「な…!」
 思わず文句を叫ぼうとして、言葉をのむ。
 眼に入ってしまった、上着を引っかけただけで露わになっている、濡れたままの男の上半身は。
 「何をもたついているんです、百翼長」
 「え」
 男の言葉で正気に返った。
 「時間がありません。早く!」
 善行は、言いながら素子の腕を取って、軽々と引き起こす。


 少し、動揺した。


 「あ…ありがと」
 その言葉に、少し善行の表情が、緩んだかに見えた。
 「どういたしまして。行きますよ」



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