5121小隊に赴任する朝、待合せ時間の5分前を目指して、駅に着いた時、懐かしい大きな背を見かけて、声を掛けた。
 「若宮君!」
 背中が振り返る。
 予想通り、若宮だ。
 「備品」である処の彼は、永遠に十六才のまま、別れた頃の若さで、今を生きている。



 その彼が、こちらを見て、指を指したまま、固まっていた。



 「お早うございます、若宮十翼長。善行です」
 側に寄って、改めて声を掛ける。
 「お久しぶりです。今日からまた、御一緒させて頂く事になりました。宜しくお願いします」
 それでも若宮は、口をぽかんと開けたまま、固まっている。
 「どうか、しましたか?」



 「にゃ〜〜〜〜」



 手元の輸送ケージの中の猫の片方が、間延びした声を立てた。
 この声は多分、スキピオの方だろう。
 官舎移動の関係で、猫二匹は流石に送る訳に行かず、一緒に連れてきた。隊に行く前に、官舎に立ち寄って置いてくる心づもりだ。

 その声で我に返ったのか、初めて若宮に動きが出た。
 「…じ…千翼…長…どの?」
 「ええ。お久しぶりです。十翼長も、お変わり無く」
 「は、はぁ…その」
 「流石に老けませんね。私は見事にこの通りですよ」
 「…は、あ、あの」
 若宮は戸惑った表情のまま、視線を左右に動かした揚句、小さく頭を下げた。
 「…すみません」
 「構いませんが…何をそんなに驚いているのですか?」
 「えっ」
 明らかに狼狽して、少し後ずさった。
 困ったような表情のまま、その視線はこちらの上下を凝視している。
 「いや…その…」
 額に汗が浮いている。
 「暑さにでも、やられましたか?」
 若宮は、その言葉に、何か覚悟をしたらしい。
 決闘にでも望むような、決然とした態度で、口を開いた。



 「千翼長…随分と、お変わりになられましたね」



 「私が、ですか?」
 思わず目をしばたいてしまった。
 「そ、その格好は…いえ何でもないです」

 言葉に妙な含みを感じて、内心、少し不機嫌になった。

 若宮は再び決然と口を開く。
 「眼鏡…変えられたんですか?」
 これは予測できる問いだったから、笑顔で応えてみせた。
 「ええ。目が怖い、と言われたので変えてみたんですよ。熊本は私には日差しが強いですしね。やや視界が狭いのが玉に瑕ですが、学校ゴッコと指揮車に乗ってる限りは差し支えないですし。−どうです?似合いますか?」
 「…」
 又黙る。その視線は脛の辺りに注がれて、雄弁に何かを物語っている。



 次第に無言の意味が見えてきた。



 「…その…すっかり変わられましたね」
 答えになってない答えを返す若宮に、殊更にっこり笑って応えてやる。
 「そうですか?私は何も変わってませんよ?貴方と最後に別れた時から」
 変わったのはその前ですから、という言葉を胸の内に呟く。
 変わった様に見えるなら、今の格好は韜晦成功という訳だ。
 尤も、眼鏡以外を韜晦だと思って貰われても、頭に来る。

 バミューダを履いてきたのは、単なる暑さ対策と、一応のスタイルポリシーのつもりなのだから。

 「そう…ですか…」
 何やら言いた気な、要領を得ない返事が返ってきた。
 まあいい。その内彼も、慣れるだろう。

 「ぐるぐるぐる」

 今度はハンニバルが、喉を鳴らしている。
 いつになく、機嫌が良いらしい。

 何となく、こちらも気分がよくなってきた。

 「さて、行きましょうか」
 「あ…はい」
 猫のケージを抱えたまま、来た電車に乗り込む。
 慌てて若宮が、続く。

 いよいよ戦場への、第一歩が、始まる。
 もう、振り返らない。



《Continuous End》


-豹変-2/2 
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