魂のルフラン   −妬心幻想異聞1・もう一つの「サクラ・チル」−
魂のルフラン −妬心幻想異聞1・もう一つの「サクラ・チル」−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2002-04-23 公開

1.事件

 善行がその騒ぎを聞きつけたのは、放課後の事だった。
 一通り各部署を見回って小隊隊長室に戻り、さてこれから一仕事するかと文書を開いた処で、外が一気に騒がしくなったのだ。
 先に来て仕事をしていた祭も、顔を上げた。

 甲高い音がして、多目的リングに連絡が入るのと、滝川が駆け込んでくるのがほぼ同時だった。

 「大変だ!委員長!」
 「壬生屋さんが瀬戸口君を押し倒しでもしましたか?」
 「この人マジ顔でサラッと何を−って、そら無いて」
 「せ、整備班長が、原先輩が、速水の奴を刺したんだよ!」
 「うっそー!」
 「!」
 祭が叫んで立ち上がる。
 善行は鋭く問いただした。
 「場所は何処です」
 「尚絅高校の校舎裏。尚絅校の生徒が先に発見して、今、大変な騒ぎになってる。速水の奴、ピクリとも動かねえし、血がスッゲエ出てて、中村なんか目ェ回してんだ」
 祭はそれを聞くと、現場を見にすっ飛んでいった。
 善行は素早く多目的リングに届いたメールを確認する。送り主は若宮からで、内容はほぼ同じ。
 (…そういえば昨日、デートをすっぽかされていたな…)
 脳内戦隊メモを素早く手繰って、日曜の素子の動向に思い至る。速水は舞に捕まって、士魂号の整備をしにいってしまった所為で、待ち合わせに間に合わなかったのだ。今朝の妙に不穏な雰囲気も確認している。
 (よりによって、速水か…)
 内心舌打ちしながら、善行は立ち上がった。
 「整備班長は現場にいるのですか?」
 「あ、ああ。一寸怖い感じだけど…」
 「判りました。今行きます」

 校舎裏には人だかりが出来ていた。中に5121の制服も混じっている。
 「おう、委員長。待ってた」
 本田がこちらを見る。
 「話は聞きました。医者は?」
 「呼んだが、多分間に合わねえ。今、石津に手当させてるが、初動が遅れた。第一発見者が見つけた時には、既に相当の出血だったらしい」
 「彼女は」
 「若宮に押さえさせた。見るか?」
 「ええ」
 本田について、人の波をかき分ける様にして、輪の中に入る。
 「…」
 輪の中心に、素子と、素子を押さえる若宮、倒れている速水に手当をする萌が居た。
 全身速水の血にまみれた素子の視線は、在らぬ方向を眺めていて、後から来た善行は眼に入っていないかの様だった。
 「…司令殿…」
 苦渋に満ちた若宮の呼び掛けに、素子の身体が少し動いたが、善行は素子を一顧だにする事無く、素早く速水の側にしゃがむ。
 確かに滝川の言う通り、速水は土気色の顔のまま、ピクリともしていない。呼気も次第に弱くなっている。何処を刺したのか、背中の辺りから夥しい血が噴き出して、今もまだ止まる事無く、大きな血溜まりを作り続けている。萌がその力で止血をしているが、追いついてないのが明らかだ。
 「手伝いましょう」
 「おね…がい…」
 善行は制服の片袖を無造作に引き破ると、慣れた手つきで、速水の止血を手早く行う。
 ワイシャツの袖口が、あっという間に速水の血に染まる。
 (…だが…これは無駄だな)
 過去の経験から、速水がもう駄目な事は判っていた。おそらくはその知識と超常感覚とで、萌も気が付いているに違いない。それでも手当するのは、それが大事な仲間だからだろう。

 「…何してるの?」
 低い、嘲るような、声がした。
 善行は、手を止める。
 「速水君はもう私の中にいるのよ…?貴方そこで…何してるの?…そんな事しても無駄な事くらい、見れば判るじゃない」
 「素子さん…」
 若宮が辛そうに、名を呼ぶ。
 だが彼女には、聞こえて居ない様だった。
 その目が捉えているのは、只一人。
 「…馬鹿じゃないの?無駄を切り捨てる見本の様な男が、こんな時だけ偽善者ぶって。そんなに自己満足が欲しいの?−下らない、男」
 素子はくすくす笑った。
 「速水君もそうよ。私との約束を破って、あんな芝村の小娘の方に行ったりするから…でも良いの。全て許してあげるわ。だって彼はもう、私だけのものだから」
 言うなり彼女は、甲高く、笑った。
 「狂ってる…」
 誰かの呟きが人混みから、微かに聞こえた。
 だが、善行は何事も無かったかの様に、再び作業を続ける。
 「十翼長、命令です。憲兵が来る迄原千翼長を会議室に監禁しなさい。絶対に逃がさないように」
 「!」
 「!…は、はっ!」
 あわてて若宮が応える。
 素子は善行の背中を悔しそうに睨み付けた。
 「連れて行け。若宮、判っているな?」
 「はい…教官殿」
 本田の念押しに、苦しげな返事をしている若宮の声を、背後に聞きつつ善行は、「備品」の彼に「命令」は断れないだろう、と思う。
 それが彼の基本悟性だから。
 「善行。軍医が来た」
 「わかりました。石津さん、対応を頼めますか?」
 萌が頷くのを確認して、立ち上がる。
 「…手…拭いて」
 差し出されたタオルで、血塗れの手を拭いながら、背後の本田に向き直る。
 「本田先生。後を頼みます」
 「おう、…原か?」
 「はい。憲兵に連れて行かれる前に、二三確認を」
 本田は気の毒そうに善行を見た。
 「…悪い時期に、此処に居たな」
 善行は本田にだけ判るように、小さく笑った。
 「…ええ。一寸、失敗しましたね」



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