数多、戦場を駆ける夢を見た。
沢山の戦友が、倒れて行くのを、何度も見取った。
顔も知らない娘が、自分の為に祈りを捧げてくれていた。
ダレカ ガ ナマエ ヲ ヨン、デイル。
幻獣から受けた傷が熱い。
ココロ ト キオク ノ ホウカイ スル ジブン。
意識が薄れゆく一刹那、ふと、そんな事を思った−
「…情報注入、完了」
「調整完了。全情報、オールグリーン。等級S」
「変更点は」
「構成細胞を試験的にアナザー版使用。後、メモリをいつもの通り、多少リビジョンアップしてます」
「噂のセプトβか…!」
最新の構成細胞名を呟いて、思わず『羊水』に浮かぶ『備品』を見る。
髪は、黒い。
「『ブルー』でもないのに、よく回して貰えたな…」
自分たちはラボでも、最末端に近い。次世代や強化型を開発し続ける此処にあって、『ヘクサ』ですらない『備品』の改良業務などその程度だ。
「…芝村か」
「はい。今回の技術を供与したのは芝村です。いよいよ戦況も抜き差しならぬという事でしょうか…」
「さてな。奴らの考える事だ。俺達は結果を出せればそれで良い」
部下にはそういったが、現在「アナザー」と呼ばれる最先端の「部品」を供与された事の意義を考えてみる。何らかのテストを行おうとしているのか。或いはこの『備品』が何か特別な事に使われようとしているのか。
男は頭を振った。判っているのは、実績を出さないものに、かの一族は厳しいと言う事だ。この弱小部署の主任技師たる自分が考えるべき事は他にもっとある筈だった。
自嘲気味に、一人ごちる。
「この『特典』が高く付かなきゃいいがな…」
最古の記憶は、自分をガラス越しに眺めるヒトの顔だった。
後で見た、鏡の自分に、とてもよく似ていた。
ただし、
自分より、ずっと老けた顔。
もし自分が老いるなら、ああいう顔になるのか。
自分は、アレの知らない記憶も持っているというのに。
そんな事を、漠然と思った。
「例のアナザー版、記憶再強化の命令が出た。増やせられるか」
「…今だってのべつまくなしのバージョンアップで、ギリギリですよ。『備品』は戦闘記憶強化が最優先ですからね。それに『ヒト』として使う以上、基礎メモリは削れないですし。大体ウチのモデルは兵士から教育用に格下げになったんじゃないんですか」
「その教育用情報として、追加記憶が入る。これは極秘だが、どうも第五世代の情報をつぎ込むらしい」
「えっ?!」
「勿論、『能力』ではない。生存の為の生理情報を突っ込むらしいぞ」
『ブルー』じゃないのに何故。そんな言葉を飲み込む。
そんな重要な調整が入ると言う事は、裏で芝村が噛んでいる事が明白だからだ。
「それと、こいつには、ある時期を見て、特別にこれも追加するそうだ」
頑丈そうな、鍵付きのブリーフケースが置かれる。
「このメモリを追加して、初めて実戦配備だ」
「実戦、ですか」
「…こいつは最終的に兵士になる。そういう決定だそうだ」
思わず、「疑問」を口にする。
「−大陸作戦に投入するのでしょうか…」
「さてな。我々はそんな事を知る必要はない。そして、考える暇もない。リミットはギリギリだ。わかるな?」
「…はい」
オマエニ モトメラレテイルノハ リュウ ヲ ソダテルコト
ソシテ リュウ ト トモニ センジョウ ヲ カケルコト
「排水!」
肺に入り込んだ空気の清澄さに、身体が反応する。
ゆっくりと、目を開いた。
今、生まれた筈なのに、膨大な記憶が流れ込んできて、涙が溢れる。
腕に力を込めて、起きあがった。
「お早う、若宮康光君。気分はどうかね」
「はっ、良好であります」