5.SWEET DAYS
舞は士魂号複座型の装備変更を行っているところだった。
昨夜の出撃ではミサイルの交換弾倉が不足して、いつもより撃破数が稼げなかったのだ。欠品状態にも関わらず、準竜師であり陳情先の従兄弟がおらず、弾倉陳情が出来なかったのと、昨今の故障修繕優先で裏マーケットからの万引き(!)も間に合わなかったという、間の悪さから起きたミスではあったが、失敗である事には変わりが無い。おかげで友軍機も大分危険に晒した。潔く、一寸だけ反省してから、いつも通りに装備を調えた。そこら中から陳情が掛かってたとみえて、今頃弾倉は潤沢である。その代わり、戦車兵・スカウト共ウォードレスの在庫が足りなくなっているので、陳情しに行こうかと考えていたその時、突然ハンガーに善行が現れたのである。この時間、小隊隊長室で執務をしている筈の彼が、此処に現れるのは極めて異例であるという他ない。
だが、善行は、やや沈んでいるようにも見えた。表情を余り表に出さない彼にしては珍しい。
「…?」
薄暗いハンガー内部の灯りで照らされた顔が青白い。心なしか、左頬が赤いようにも見える。が、眼鏡が光を含んでいて、その目の表情をを伺い知ることは出来なかった。
訝んで彼を見た舞だったが、一寸考えてからおもむろに口を開く。
「…一緒に仕事をするか?」
極めて快活な声に、彼は救われたような顔をした。
「…今日はやけにやる気ですね。良いことです」
そう言いながら、並んで士魂号の整備を手伝いだした。舞は、自分の仕事の方は良いのか?と思ったが、気分転換は誰にも必要だと思い直して問うのを止めた。
「昨日、失敗したからな。速水にも怒られた。同じ失敗は繰り返さぬ」
「珍しく、随分と素直ですね」
「事実だからな」
善行が、笑った。
訳もなく、舞は慌てた。
「−ななな何が可笑しい」
「…嬉しいんですよ。そういう処を見せてくれるのが」
「そ、そういうものか?」
「ええ。好きですよ」
眼鏡の奥に、柔らかい光が見えた。
ドクン。
突然、耳元に大きく心臓の音が聞こえた。
「う!」
「…どうしました?」
「い、いや…な、なんでもない…」
また、この前と同じ、動悸だ。頬も熱い。
きっと今、顔が赤くなっている。
どうして。
困って、目を泳がせる。
再び、善行と、目があった。
心臓のダンスのテンポが、跳ね上がった。
どちらからともなく、目をそらす。
突然、思い至った。
「…来い」
「…はい?」
怪訝な顔をする善行。
だが、もう、その顔もまともに見られない。
見るだけで上気する、その理由に気がついてしまったから。
いくら、自分がその辺に疎くても。
「よ、用がある!ついて来るが良い!」
大声で叫んで、後ろも見ずに大股に歩き出す。ついてきてるかどうか、自信はなかったが、最早、振り返る事も出来なかった。
余りに、恥ずかしくて。
自分は茹で蛸の様になっているのだろうな、と思いつつ、ずんずん歩いた。
背後からもう一つ、律動的な足音が聞こえてくる。
ついてきている。
それだけで、こんなにも幸福な気分が自分を満たしている。
どうして早く気がつかなかったのだろう。
疎い自分がまた恥ずかしい。
恥ずかしいと思いつつ、そんな自分がまた腹立たしかったりもする。
そんな事を目まぐるしく想いながら、舞は善行をプレハブの屋上に引っ張ってきた。
何人かの人間とすれ違ったような気もしたが、そんな処に気など配れないまま。
夕刻の屋上は、運良く、誰もいない。
屋上の真ん中に至ると、幻獣の前に立つ以上の勇気を総動員して、振り返った。
夕闇を背景に、惚れた男が立っている。
「…どうしたんです?いきなり」
善行の声音は相変わらず優しいものだった。
心臓のダンスは最大級のものになっている。生身でスキュラに対する以上の緊張感だ。
喉が、カラカラに乾いていて、声が果たして出せるだろうか、と思った。
一回目を閉じて、口を開いた。
「…まあ、その、なんだ…あー…」
視線を感じて、目を漂わせる。
「お、お前が、どうしても、というならば、」
怒鳴るようにして、懸命に言葉を繋いだ。
「…わ、私と一緒に居てもいい」
頭に血が上って、最早、自分でも何を言ってるのかわからない。
ちゃんと言いたい事が言えたかどうか。
「…その、お前が、どうしても、と言うなら、だが…」
最後は一寸、声が小さくなった。
恐ろしくて男が見られない。
少し、間が、あいた。
「…そうですね」
善行の声が聞こえた。
「−ではこれからも、宜しくお願いします」
大きくもなく、小さくもない、でも、きっぱりとした声。
舞は初めて男の顔を直視した。
頬を染め、しきりに照れたような素振り。
思わず、破顔する。
つられて善行も、大きく笑った。
嬉しそうに。
結局、それ以上の事は、お互い、何も言えなかった。