1.舞
それを見つけたのは、昼休みの事だった。
「ん?」
机の中に収まった、きちんと折り畳んだ白い紙。開いてみると、几帳面な文字が並んでいた。
『屋上にて、待つ 善行 忠孝』
言葉の意味を図りかねた。一瞬決闘の申込かと思ったが、理由が見つからない。一昨日までの関係は非常に良好だった筈だ。心配すべき事と言えば、先日何回か一緒に仕事をした際に、その度毎、こちらが原因不明の発赤と動悸の発作におそわれた事で、習慣性になったら戦闘中困ると思った位だ。念の為メディカルチェックをしてみたが、異常なしだったから、偶発的な一過性のものだろう。
大体屋上で決闘したら、親友の萌の仕事が増えて又恨まれる。このプレハブは素人急拵えの安普請だから、今でさえ、天気が悪くなったら簡単に雨が漏る。先日間に合わせの修繕を二人と一匹でしたばかりだ。そしてその事は、善行も知っている筈である。
「ふむ…」
再度考えてはみたものの、わざわざ呼び出されるような、心当たりがない。今日は遅刻をしたのだが、その時点で善行は既に教室には居なかった。相手は士官で司令だから、授業なんかよりしなければならない事がある訳で、そんな事は珍しくもないから、気にも留めなかった。昨日はといえば、一日さぼって士魂号の修繕をしたから、教室には一回も行ってない。が、その前には入っていなかった事を覚えているので、昨日から今朝の何れかの時点で入れたものらしい。何より時間が書かれていないので、いつ、向こうが待ってるのかも判らないのだ。もし、昨日の段階なら、過ぎた事だし、今朝だとしてももう半日が経過している。ただ、一日半入れっぱなし、というのも何やら相手にそぐわない気がした。
「…」
一寸気になったが、あの合理的な男が、そんな無駄な時間の使い方をするとは思えなかった。
「…ふん」
気になる事自体が、何やら面白くない。
胸に何か、つかえたような、嫌な気分。
「みんな、お昼にしないか?」
瀬戸口の提案。それに応えて、クラスのみんなと昼を共にする事に決める。手紙の事は頭から追い出すことにした。
2.善行
…やっぱり、彼女は来なかったか。
午後、遅れて教室に入り、本田にどやされつつ目の端で素早く確認した。相変わらず彼女は、腕を組んで興味なさ気に座っている。昨日は士魂号の修繕に明け暮れている、という話だったが、帰りがけにハンガーを確認したら、本人はおらず修繕は終了していた。スペックの上がり具合から、今朝なら来るだろうと踏んで、告白する覚悟を決め、アレを書いたのだ。そして半日、待った。予想通り彼女は来たが、屋上にまでは来てくれなかったという事だ。それは、手紙に応える気がない事を意味する。
読んでない、という事も考えられるが。
そう考えようとして、苦笑する。そんな自分に都合の良い解釈は、彼女に失礼だ。いくらこちらが彼女を好いていても、相手がそうだとは限らない。ただ、彼女ならあり得る事ではあるのだが…いや、と頭を振る。希望的な憶測は止した方が良い。何と言っても彼女は芝村だ。その名の一族がどういうものかは立場上、とてもよく、判っている。そして、芝村に限りなく近しい者の一人として、舞という存在のその本当の意味を、自分は誰よりもよく知っていた。否、知っているからこそ、此処に居るとも言えるのだ。
知っていて、惚れた。
何より、それ以上に彼女が時折見せてくれた、不器用な優しさに惹かれた。充分気を付けていた筈なのに、自分の中でのウエイトが大きくなるのを、どうしても止める事が出来なかった。
だから、惹かれてはいけない相手だというのは、重々承知の上での覚悟の手紙である。書くからにはそれなりの勝算を含んでいるつもりだったのだが、どうもこちらだけの思い込みだったらしい。
無意識にポケットのデジタルカメラに触れる。
写真を撮るのが好きだと言ったら、翌日に彼女が持ってきたものだ。「受け取るがよい」と、いつものぶっきらぼうな口調で寄越した時、心なしか頬を赤らめてた様な気がしてたのだが、見間違いだったのか。
目を閉じる。
ではやはり、惹かれるべき相手ではない。
素子とは、違う、のだ。
随分前に凍らせた、心のどこかが痛んだ。