ラブソング  −Like an Angel.−
ラブソング −Like an Angel.−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2004-08-08 公開



 「…いつか、僕の為に奏でてくれますか?…貴女の…『歌』を」


 それは、寝物語で、問わず語りに囁かれた言葉。
 いつもの様に、柔らかく、穏やかな、声で。
 誰にも見せた事の無い、少し照れた様な、甘えた眼差しで。


 それは、別れの言葉でも、あったのだけれど。




 「…行っても、良いですか?」


 名残惜し気に離れた唇が、予想通りの言葉を紡ぎ出して、思わずくすり、と笑った。


 「…どうせ…もう、決め、てる…の、で、しょ…?」


 判り切った返事を、返す。
 じっと見つめると、いつもは眼鏡に隠れてる、奥二重の下の黄茶の三白眼が、どぎまぎと、動く。
 こういう、らしくない仕草は、二人の時でしか、見られない。


 「わた…し、は…止め、な、い…わ…」


 駄目押しに、一言。
 伏せた眼差しで、彼は、溜息をついて。


 「…すみません」


 その手が、黒髪の一房を弄ぶ。
 何時もの様に、髪を撫でた後。


 「新…しい、相、手…見つけ、る…わ…今、度は…変、人でも、ストー、カー…でも、ない…若くて、綺、麗な…ひと」


 事更に、笑いながら、言い募ってみる。
 一房を側に寄せて、その匂いを嗅ぐ所作をしていたその手が、止まった。


 「…それはかなり妬けますね。僕としてはこの髪を他人に触らせたく無いですよ」


 言いながら、髪を放した手が、そっと胸元の傷跡に、触れる。
 これを人前に晒すのが、嫌で無くなったのは、少なくとも彼の、お陰。


 「この傷跡も全部僕のものなのに」


 その言い方が、珍しく拗ねてる風に聞こえたので、甘える様に応えてみた。


 「…貴、方の、血…が…染みこん、でる、の、に…?」


 目が笑って、抱きしめてきた。


 「おや、知りませんでしたか?僕は滅法独占欲が強い方なんですよ?」


 腕にこもる熱が、何処か、優しい。


 「…貴女が心配で…たまらない」


 どちらが甘えてるのか判らない、掠れた囁きが、耳元で、した。
 唇が耳朶を、縋る様に食む。


 「…私、は…もう…大丈夫、だ、から…」
 「僕が、大丈夫じゃない」


 まるで猫の様に擦り付けてくる頭を、そっと撫でてやると、気持ち良さそうな吐息が漏れた。
 しばらくじっと、そのままで居る。


 「−ですが、行きます。でないと、貴女を守れない」


 ぽつり、と彼の声がした。


 「そう、いう…事、に…して、おく、わ…」
 「…貴女は、意地悪ですね」




 別れは、意外な形で訪れた。
 帰還する予定の日、彼は戦闘に巻き込まれ、望みを果たす事は叶わなかったのだ。


 呼ばれて駆け込んだ救護所で、彼は黒いトリアージ・タグを付けられたまま、転がっていた。
 完全に移動途上で受けたとばっちりで、それでも彼はその悟性のままに、周囲を指揮し、戦おうとしたらしい。
 だが、近くに居た民間人の子供を守ろうとして、半身を吹っ飛ばされた。
 子供は即死だったと聞いている。


 辿り着いた時、まだ、息が、あった。


 下半身を失って、臓物をはみ出させたまま、彼は、その割れた眼鏡越しに笑みを浮かべていた。
 第六世代の持つ、強靭な生命力が、なかなかその苦しみを、終わらせない。
 駄目と知りつつ、痛み止めを打ち、シートを貼り、包帯を巻いて、止血を試みた。


 己の髪も服も手も、彼の血に濡れ尽くして。


 だが彼は、静かに笑んだまま、首を振ってから、シグ・ザウエルを差し出した。
 だから、希望に応えて、重い引き金を、引いた。
 外さなかったから、彼の肉体は、タグ通りになった。




 遅れて駆けつけたあのひとが、こちらの心と身体に余分な傷を増やしてくれた後、
 気配がした。


 何時もの様に、背後からそっと抱きしめてくる、あの感じ。
 頭が、髪からするり、と肩に落ちてきて、持たれかかる様に。
 「…見え、ない…と思っ、て…」
 背後の甘ったれに、揶揄してみる。
 確かにこうなった『彼』は見えないだろう−自分や、そういう力を持つ一部の人間以外には。
 でも、それ以前に、生前の羞恥や拘泥が無くなってる、と感じた。


 もっと、自分の感情に、素直になっている。


 「…行か、ない…の?」
 言外に、既に行った者をほのめかす。
 だが、まとわりつく気配は、一向に消える気配が無い。
 それどころか、擦り付けて来る様な感覚は、濃厚になるばかりだ。


 『…行く気は、ありません』


 目だけを気配のする方に向ける。
 『僕は、岸辺のこちら側に骨を埋めると、誓った者だから』
 優しい『目』が、見つめて居た。
 『渡る気は、初めから、持って無い』
 抱きしめる気配が、強くなる。


 「…地縛…霊?」


 ふわりと笑った。
 『守護天使とでも、呼んで下さい』
 笑ったが、本気らしい気配が濃厚で、思わず吹き出し掛けた。
 こんなのは要らない、と思ったが、言葉は一言だけに留める。


 「…馬鹿、ね…」


 『馬鹿で結構。魔女の力を借りて、居残りを掛ける魂なぞ、所詮そんなものでしょう?』
 屁理屈を捏ねる辺りは相変わらずだ、と思った。
 当たり前に嘘を付いてみせるのも、楽しそうな処も変化無し。
 違うのは、肉体を失って、より軽やかで欲に忠実になった事。


 己の肩に、そっと手を伸ばした。
 触れる事は出来ない筈のその魂が、指に、触れる。
 『貴女と共に歌いたい、と思って居たんですよ…ずっと』
 小さく、共鳴する、青い光。
 『僕を使って奏でて下さい…貴女の歌を』
 苦笑気味の『声』がする。



 『何時もの美しい音色は、薄汚れた僕では出せないかも知れませんが』



 「そう、ね…」


 指で弾いた光は、澄み切った音を、立てた。
 小さく笑って見せてから、呟く様に、応える。



 「でも…貴方、と、歌え…る、から…構わ、ない…わ…」



−Fin.−



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