座興
座興
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2003-10-13 公開


 だからさ、座興ってやつだよ。
 戯れさ、戯れ。
 こんなの、どうせどこにも残りゃしないんだから。



1.


 幾ら、他には誰もいないとは、いえ。


 「よう」
 善行は、眉を顰めた。
 軍服をだらしなく着崩した、目前の男からは、随分と熟柿の匂いが漂っている。
 彼とて上戸のウワバミだから、これが酒の席やプライベートなら、気にならないだろう。
 それに、速水厚志が中央を掌握した今、実績を上げ、その幕僚の殆どを占める旧5121小隊出身者に、何かを言えるものは誰も居なかった。


 だとしても、場所が悪い。


 そこは仮にも、統合幕僚本部の、執務室だったから。


 「又朝迄飲んでましたね?」
 軽く咳払いをしてから、たしなめた。
 「あ?」
 要領を得ない顔で聞き返す男に、溜息を付いて。
 「…酔えないくせに」
 へらり、と男は笑った。
 「俺はさ、利口じゃないから…あんたみたいには生きられないのさ」
 それを受けて、苦笑する。
 「こういうのは『小賢しい生き方』と言うのですよ。…誉められたものじゃない」
 ついでに大仰に、肩を竦めて。
 「力翼が数あった処で、大した役にも立ちませんしね」
 男も、肩を竦めて見せた。
 「…違いない」


 男の目が、アレは?と言う具合に訊いてくる。
 「相変わらずですよ」
 善行は余り意味が無いと知りつつ、少しだけトーンを落とす。
 「昼は戦場で屍山血河を築き、夜はベッドで屍山血河を築く、か」
 男の声が、歌う様に、響く。
 「瀬戸口君」
 心持ち強めた語気に、男はひらひらと手を振った。
 「はいはいわかってますよ、参謀総長殿」
 へらへらと笑っていた顔が、真顔に、なる。


 「見ただろう?アイツは壬生屋を…あの娘をいとも簡単に殺したんだ」


 見たも何もない。
 正に善行はその現場に居たのだ。
 未央の部署が手薄だからと、自ら一個中隊を指揮して援護に回ったその時だった。
 「厚志!」
 自分の担当部署の幻獣を、記録を塗りかえる程の最短で屠ってきた『英雄』が只一人、纏うオーラも鮮やかに、現れた。


 「我に任せよ」


 絶望に打ちひしがれた兵が歓呼の声を上げる。
 先頭に立って、奮戦していた未央が、輝く様な笑みを、向けた。
 「はい!」



 その、刹那。



 『英雄』の手が、未央を、貫いた。
 否。
 未央の背後の幻獣を、縊り殺していた−彼女を胸を貫いた、その腕が。


 『英雄』の顔は、変わらない。
 引きぬいた腕の『跡』から、掛かる血すらも、彼を、美しく飾るだけ。
 ただ、未央の顔だけが、起きた事を理解出来ないまま、歪む。
 「!」


 吐き出された血の鮮烈さと、壮絶な迄の顔の白さは、まだ記憶に生々しかった。
 それからだ。


 畏怖と疑いとが静かに広まり、
 目の前の男が、目に見えて、荒れ始めたのは。


 「…今の彼は、貴方でも、厳しいと思いますよ」
 求められてもいない言葉を、返す。


 まるで、確認する様に。


 「…多分」
 ぼそり、と男が呟く。
 「きっかけは何でも良かったんだろうな」
 「…」
 「あの娘の事は、口実に過ぎなかったのかもしれない…」
 歪んだ、笑み。
 「芝村の奴らは期待してるのさ。俺と奴が潰し合うのをな」
 さながら、自虐的に。
 「…何れはぶつかると、判っていたんじゃないのか?」
 善行は、無言の、まま。
 男も、応えは、求めて、いない。


 「…解ってる」


 男は、にや、と軽やかに笑う。
 「だからさ、座興ってやつだよ」
 その髪が、さわさわと伸び始める。
 「戯れさ、戯れ」
 髪の色が明るい茶から、鮮やかな緋色に変わる。
 「こんなの、どうせどこにも残りゃしないんだから」
 縦に割かれた、血の如き、紅玉が、両の眼窩に踊る。


 背後にゆらめく、暗紫の焔。


 「その姿を間近に見るのは初めてですね…」
 善行の呟きに、男は、発達した犬歯を閃かせて笑った。


 「歴史の一頁にすら名の残らぬ者の、歴史の表舞台に名を極めるモノへの挑戦だよ。
 こんなのも、お伽話の中身としては、一興だと思わないか?」


 碧羅の異形は背を向ける。
 「諦めないで居れば、必ず時は来ます」
 静かな善行の声に、その、大きな片手を上げた。
 「絶望するのは、まだ早いのではありませんか?」
 言葉が終わる間もなく、その姿はかき消える。


 「…瀬戸口君!」


 その名は伸ばした手と共に、虚しく、空を切った。




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