X−Day.  −幻想終焉(仮) プロローグ−
X−Day. −幻想終焉(仮) プロローグ−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2003-08-08 公開



 速水は、血塗れのまま、仰向けに倒れていた。


 随分と、血を流した。
 身体がもう、動かない。
 今迄もこんな事態は何度も経験したが、流石に今回は難しい、と感じていた。


 「貴方も佳苗さんの様になってしまうのですね」


 頭を動かすのも億劫になって、速水は声の方に目だけ動かした。
 ハンドガンを握った善行が、彼を、見下ろしている。
 速水はうっすらと笑う。


 「当たり前だろ、人だから、な」
 「人を超えたのではないのですか?」
 答えようとして、速水は大きくむせた。
 がは、と吐き出された血の固まりは、その胸を新たに濡らす。
 「…12枚持ってたって、死ぬ時は死ぬんだよ」
 喉を鳴らす様にして答えたそれを受けて、善行の無表情な唇が、動く。


 「なら、盛大に名を残して死んでください」


 速水は再び笑おうとして激しく咳込んだ。
 それでも、笑ってみせる。
 「君が使えるからか?」
 善行の表情に、変化はない。
 「伝説は一人歩きする」
 その顔と同じく、言葉にも抑揚は一切無い。
 「そして貴方は危険な存在だ」
 ただ、淡々と、語るのみ。


 「だから、消えて頂く」


 何かに囚われる様な者が語るのなら、これ程狂信者のそれを思わせる台詞もないだろう。
 だが、今、それを語る男は、そんな世界とは無縁だと、何よりよく知っている相手だった。


 「嫌だ、と言ったら?」


 善行の空いてる方の手が、ブリッジを押し上げる。
 「予想通りの答えで興ざめですね、厚志」
 「こんな状態なんだ。凝った答えなんて、出来る訳、無いだろう?」
 「確かに」
 善行の口元が、皮肉気な笑みを浮かべた。
 「諦めない生き汚さこそが、貴方を此処迄にしたのでしたね。ならば、死にたいとも思わないのが道理と言うものでしょう」
 言いながら、ハンドガンが、ゆっくりと照準を向ける。
 「そして、貴方の強運が、私を此処に呼んでいる。私が今、貴方を病院やラボ辺りに担ぎ込めば、貴方は間違いなく助かるでしょう」
 銃口は、速水の額にぴたりと止まる。



 「ですが、私にその気は、ありません」



 速水の手にうっすらと青い光が浮かぶ。
 「何とでも。僕は、少なくとも、君の手に掛かって死ぬ気は無いよ。判ってるだろ?」
 「はい。とてもよく」


 トリガーが動いたかどうかの刹那。
 瀕死の身体のその何処に、それだけの力を残していたのか判らない程の素早さで、光の剣が善行に伸びた。


 鮮やかな炎を纏った輝ける剣は、光の速さで善行を両断した、かに見えた。



 ビュィ…ン!



 「!」
 地面が爆発して、速水の半身が、吹き飛んだ。
 そして、善行の『映像』が歪み、そして、元に戻る。
「すみません…普通の人間の私が、様々な加護を受ける貴方を出し抜くのは、非常に大変でしてね。用心は幾つあっても足りない位でしたよ」
 その口元と目に、優しい笑みが浮かぶ。
 「ハンデとして、此処へ来る迄に、沢山の布石を打たせて頂きました。卑怯の誹りは幾らでも受けますよ」
 速水は笑う。
 「姿を、見せたのが、唯一の、誠実、って、事か?」
 「はい」


 映像の反対側から、ゆっくりと善行が姿を表した。
 「これからの時代、突出した異端は邪魔でしかありません。それは恐怖しか生まない。ヒトの事はヒト同士で決着を付けます。これから先に英雄は要らない」
 そして映像と同じ動作でハンドガンを速水の額に押しつける。
 「…止しましょう。所詮戦場なんて何処でも同じです。尽きる処人が死に、破壊されるだけの事」
 善行は眼鏡を外した。
 「せめて貴方の死後が安らかである事を祈りますよ」
 焼き尽くすかの様な苛烈な眼差しが、善行を、射る。
 「あいにくと…まだ…死ぬ気は…ない」
 「残念ですね…私も自分に対して、平穏を祈る言葉は持たないんです」


 断末魔の様な炎の剣が、焼こうとするのを掠める様にかわして、善行はトリガーを引いた。



 ガンガンガンガンガン…!



 跳弾に合わせて速水の半身が跳ね、その美しかった顔面は無惨に引きちぎられ、頭部の上半分が微塵に砕け散った。
 びく、びく、としなる身体を軽く蹴って左腕を上向きにし、足で押さえ付けて多目的結晶を打ち抜く。
 小さな音ともに結晶が砕けると、痙攣していた物体は、只のヒトだった肉になった。


 善行は黙ってそのまま、速水だったもの−実際は速水厚志であったかどうか怪しいものを見下ろしていた。
 空になったハンドガンを、ホルスターに収める。
 炎の剣を避けきれなかった、ごく僅かに掠めた部分が護法を焼き、或いは大きく裂け、或いは抉る様に焦げ、ひりひりとした痛みを訴えていた。
 「…」
 やがて善行は、眼鏡を改めて掛けると、徐に煙草を銜え、火を付けた。
 「死にゆく貴方が私の事など、心配しなくて良いんですよ」
 紫煙を吐いて、一寸思い出す様に、微かに笑う。



 「今更。どうせ何処迄も血と泥にまみれている」



 悟った様な涸れ切った退廃的な笑み。
 「祈るべきものも、すがるべきものも、全て失って久しいんですから」
 動く方の手で、頬のぬめりに触れる。


 おそらくは、彼の、返り血。


 「こんなものは、すぐに乾く」
 指でそれをゆっくり拭う。
 「英雄殺し。21世紀のフーシェ。後世に何と呼ばれても構いません」
 その血に濡れた手で、銜えた煙草を摘み、放る。



 「必要なのは貴方ではなく、貴方の名だ」



 そこ迄呟いて、喘ぐ様に、片膝を付く。
 傷が熱を持ち始めていた。


 「大丈夫か善行!」
 遠くから、この企みに加担した者達が走ってくる。
 善行は、彼等に応えて片手を上げた。
 「何とか、生きてますよ…」
 「良かった…今、お前さんに死なれると、今後がしんどいからな」
 その言葉に、善行は、皮肉気に笑う。
 「このまま、心中しても、よかったんですがね…」
 「何?」
 「その位の覚悟で無いと、彼は、倒せない…それに」



 自分の存在も、きっと、邪魔になる。



 最後の言葉は飲み込んだ。
 今は言っても詮なき事だ。
 だから、言い聞かせる様に、別の言葉を口にした。


 「だが、これからが、本番だ」


 幻想は終わり、現実が始まる。



−To Be Continued.−



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