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3rdマーチ・ED2: 蒼魂乱舞


 こちらの斬撃と、向こうのレーザーが交錯した。
 咄嗟に回避しようとしたが、間に合わない。
 一回大破した機体の、これが、限界だった。

 目も眩むような爆発。

 「くっ…!」
 激しく地面に叩き付けられて、思わず呻き声を上げた。
 意識が突然グリフから解放されて、一瞬平衡感覚を失う。
 多目的リングに流れ込んでいた情報も、途絶えた。

 士魂号は完全に沈黙していた。

 やっとの事でヘッドセットを外して、血を拭い、頭を振ってみる。
 まだ、身体は動くようだった。
 先程の皆の鼓舞が効いてるのか、はたまた青き光の加護か。
 或いは、興奮状態でアドレナリンが出続けているのか。
 呼吸も苦しいし、一挙動も重いが、それでもまだ、動ける。
 呻く様にして、ベルトを外し、後部座席の舞に声を掛けた。
 「さて…脱出ですね」

 返事が、ない。

 「…舞?」
 振り返る。
 「!」
 士魂号の白い血液と、混じる様に流れる赤い血潮。
 その泥濘の真ん中に、舞が、いた。
 がっくりと垂れた首は、ぴくりとも動かない。
 コクピットの上部外装と平行するように大きく穿たれた、胸部周辺のどす黒い穴から、肉の焦げる匂いが強烈に立ち上る。
 「舞!」
 這い上る様にして、顔に手を伸ばす。
 今にも止まりそうな、本当にごく微かな呼気。
 「舞!しっかりしなさい!舞!」
 コクピットは狭い。これでは抱き起こす事もままならない。
 士魂号と切り離された多目的リングが、外部との交信を復旧させ、しきりにアラートを告げている。
 舞が、うっすらと目を開けた。
 その左手が、弱く光りながら、求めるようにして、多目的リングごと手を握る。
 (…早く…いけ…)
 声ではない。その心が、流れ込んでくる。
 「舞!」
 (まだ…「奴」は…生きて…いるぞ…)
 そんな事は、判っている。自分たちが居るのは戦場だ。
 そう思いながら、片隅で、冷静に、時間を計る自分が居る。
 舞が、笑ったように見えた。
 (そう…それでいい…)
 「…舞…」
 (行け…我が、カダヤよ…失望させるな)
 一寸だけ、笑って見せた。
 「…行きます」
 手が、離れた。
 改めてこちらから握り直し、軽く頬に顔を近づける。
 血と肉の匂いで充満してる筈なのに、優しい香りがした。
 「見ていて下さい」
 呟いて、ハッチをこじ開ける。目映い光と共に、コクピット内を激しい風が吹き抜ける。
 流石にダメージが激しいのか、のろのろと起きあがっている「奴」が目に入る。
 最早、身体の痛みも重さも感じない。アサルトライフルと、カトラスを抜いて、ひらり、と飛び降りる。
 舞の目に、青い光芒が残像として残った。
 「運命は…変えられないのか…」
 弱々しく呟く。
 血を吐いて、舞は絶命した。



 駆け下りて、すぐ煙幕手榴弾を投擲。その足で近くの建物の影に身を潜ませる。
 「さて…どう攻めますか…」
 こちらの方が身軽だ。戦うなら先手を取るしかない。
 此処迄に相当ダメージを与えている。精霊リングを食らわないでいられれば、こちらにも勝機があるだろう。
 「…よし」
 こちらを見失って横を向いた処を、アサルトで全力射撃。
 ミサイルをかわして、弾倉を再装填。
 再び全力射撃をかます。
 「何でぇえええ…ころぶぅううう」
 響く叫び声。流石にダメージが出たようだ。
 すかさず飛んでくる精霊リング。
 「がっ!」
 回避し損ねた。
 何とか次の壁に飛び込んで、一息つく。
 脇腹を少し、抉られた。
 「…ちと、油断しすぎましたか…」
 スカウト並の体力も、動けなくなればそこまでだ。
 無駄に削る訳にはいかない。
 傷口に、簡単に処置をして、カトラスを握り直す。
 「…銃撃は、此処迄、ですね…」
 一瞬目を閉じる。

 覚悟を固めた。

 アサルトを投げ捨てる。
 スモークが切れる前に、「奴」に取り付かなければ、勝機は無い。



 身を揉む様にして、壬生屋が呟いた。
 「どうなってるんでしょうか」
 「…劣勢だな。どうも、芝村のお姫さんがやられたらしい」
 「え。じゃあ善行準竜師、一人で戦ってるの?」
 「士魂号は、あれだからな」
 速水の問いに、瀬戸口が指さす。
 その先に、白黒斑の、かつて士魂号だったはずの鉄塊が見えた。
 「だとしたら、準竜師殿は歩兵状態で戦われてるという事か」
 「…」
 若宮の「確認」に、小隊内を沈黙が支配する。
 「…俺達には、助けられる事はないのか?!」
 「難しいな。あの複座型には絢爛舞踏が二人も乗っていた。絢爛舞踏二人がかりで、狩谷一人を止められなかったんだ。そんな化け物に、どうやって只の人間が立ち向かう?」
 「それは…」
 言葉に詰まる滝川を、睥睨する茜。
 「…善行さん、N.E.P.、使いませんでしたよね」
 森が、原に問いかける。
 「…」
 「何故使わなかったんでしょう?そんな甘い相手じゃないって、さっき坂上先生が言ってましたよね?自分と、芝村さんの命が掛かってるのに。全てが、あの人の肩に、掛かってるのに!」
 原は答えない。
 ただ、不安と動揺の眼差しで、戦場に目を凝らす。
 「…それはきっと、狩谷を、許したいんだろう」
 「来須さん?」
 「そういう漢だ。あれは」
 来須はそれだけ言うと、近くにいた加藤の肩に、手を置いた。



 壁伝いに走って、何とか「奴」の背後に辿り着く。
 幸い、相手はまだ気付いていない。自分を求めて、ランダムな位置移動を繰り返しているだけだ。
 間もなく、スモークが切れる。
 「…行きますか」
 言うなり、一目散に駆け寄って、突き掛かった。

 「奴」が咆吼を上げる。

 向きを変え、繰り出してくる精霊リングを、寸出の処で見切ってかわす。
 狙いを定めてローキックを繰り出すが、今迄の戦闘程に、ダメージが出せない。
 (こいつは厄介ですね…)
 やはり、戦闘力が下がっている。一回死にかけてる所為だろう。自分が思っている以上にダメージは深いのかも知れない。
 再び取り付くようにして、カトラスを突き込む。
 突いて突いて突きまくるしか、今は、方法が無かった。



 「あ!あれ!」
 田辺が叫ぶ。
 「ぜ、善行!」
 「無茶だ!」
 皆が口々に叫ぶ中、原と加藤だけが、真っ青になって、声も出せずにいる。
 ののみが決然と、叫んだ。
 「まいちゃん!いいんちょを、まもるのよ!」

 それに応えるように、士魂号の、舞の身体が光り出した。
 青く光る舞の意識が、宙に浮かぶ。
 その目が、愛しい男を感知した。
 (…戦えているじゃないか…。最強の幻獣と…)
 男はボロボロになりながら、全力で「奴」と戦っていた。
 カトラスで突き、間半髪位で攻撃をかわす。
 時折、急所目掛けて精霊手を放つ。
 目に見えて、攻撃力が衰えていくのが判る。
 だが、眼鏡を失ったその目に、諦めの色は、全くない。
 (…そうか、奴は本当にヒーローに変わったのだな。ただの人間は、本当に自分自身の力と意志で、血を吐きながら人を守るために人でない何かに生まれ変わったのだな。)
 激しい意志の奔流。その中心に、あの男がいる。
 (…そうか)
 舞は「手」を広げた。
 呼び寄せられるように、沢山の青い光が、舞の「体内」に集まる。
 カダヤとして選んだ男を見て、誇らしげに笑った。
 (いけぇ!善行!!)
 集まった光が迸る様に、男に向かう。
 (そなたは人の守護者だろう!今迄そなたが積み上げてきた力と技の数々は!)
 青い渦が吸い込まれるように、その腕に、その武器に集まる。
 (この一戦のためにあったのだ!)

 「!」

 全身を包む、激しい輝き。
 その瞬間、舞の声を、目を、肌を、感じた。


 (ヒーローならヒーローらしく、必ず最後は勝ってみろ!)
 「舞…!」


 目も眩むばかりの発光に、「奴」が怯んだ。
 全霊を込めて、突撃。

 「食らえ!」

 深々と、カトラスが食い込んだ。




 一瞬遅れて、「奴」が吹っ飛んだ。




 力が、抜けた。
 そのままへたり込む。
 (…よく、やったな…)
 周りを取り巻く「音」の中に、舞の「声」を捉えて、微笑する。
 「ええ、でも…貴女も、彼も、失ってしまった…」
 (…そうか…そなたは、「知って」いるのだったな…)
 明滅する赤い光の中で、のたうつ残骸。
 自分を取り巻く青い光は、哀しみに満ちている。
 駆け寄ってくる本田は、銃をホルスターから抜いている。
 泣き叫ぶ加藤の悲鳴が、心に重い。
 「…また、ループが、始まってしまう…」
 (気にするな。歯を食いしばって、何度負けても、繰り返し繰り返し、諦めずに続ければよい。我らの伝説にある通り、いつかは「負けない」闘い方が出来よう)
 「…貴女達は、それで良いのですか…?」
 (良くはない。だが、諦めなければ、いつかは必ず勝ち取る日がこよう。そなたが今日、勝ち取った様に)
 「…え?」
 舞の「声」が笑ったように聞こえた。
 (そなた、今、勝ち取ったではないか。その気になりさえすれば、只人とて此処迄辿り着けるのだ。難しい事ではなかろう?)
 「…舞…」
 (自信を持て、我がカダヤよ。出来るまで、何度でも繰り返せばよい。そなたが、その思いを叶えるまで、いつだって我らはそなたと共に在る)

 カトラスを杖にして、ゆっくりと、立ち上がった。
 この後の「セレモニー」を行う為に。
 のたうつ狩谷の「残骸」へ向けて、一歩を踏み出す。

 次第に、身体から、光が消えていく。
 一瞬、舞に抱かれたような、感触。

 視界が一寸だけ、滲んだ。


《Continuous_End.》

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