激しい衝撃と共に、吹き飛ばされた。
「う…」
舞の呻きが聞こえる。
ヘッドセットが外れていて、ひしゃげた外装が眼に入った。
口の中は鉄の匂いで溢れていた。
先程から聞こえる耳障りな音が、自分の呼吸だと気付く。
(…こりゃ、アバラをやられましたか…)
左手の多目的リングが、接近する「敵」を告げている。
ヘッドセットを直そうとして、指の一本も動かない事に気付いた。
力が、入らない。
朦朧とした意識の中で、最後を覚悟した。
その時だった。
「たちなさい。」
聞こえる筈のない、ののみの「声」が、頭の中に響いた。
「なっちゃんをたすけるの。ばんぶつのせーれーがどうか、しらない。うんめーがどうだかわかんない。ぶとうがどうとか、きいてないっ。でも、いいんちょは、」
シンパシーでは聞こえない筈の、息を吸う音までが聞こえる。
「たちあがるのよ。のぞみがそう決めたから。」
「それがせかいのせんたくなのよ。のぞみがきめたの」
「せかいは、よくなるのよ。ぜったいに」
ひとつひとつ、確かめるように。はっきりと、ののみは口にした。
大きく息を吸って、力強く、叫ぶ。
「たちなさい!」
思わず、苦笑した。
自分はもう「いいんちょ」で無くなって久しいのに。
でも、間違いなくこれは、自分への呼びかけだ。
このまま、楽になる事は、許されない、らしい。
「…仕方、ありませんね…」
呟いて、呻きながら全身に力を込める。
「が…っ」
血を吐きながら、腕を動かして、ヘッドセットを装着する。
「たちなさい!」
ののみの叫びに応えるように、少しずつ、身体が動き始める。
「…ぐ…」
歯を食いしばるようにして、ペダルに足を置いた。
「たちなさい!!」
再び血を吐いた。目眩がする。完全な同調は難しいかも知れない。
グリフが眼前に展開する。濁る事のない、鮮やかな、夜空の星。
士魂号はまだ生きている。
「…演算、開始」
絞り出すような、舞の声。
入ってくる情報。
−耐久力・1
「ニャー!」
ブータの叫びが聞こえた。
−耐久力・2
壬生屋が叫ぶ。
来須の呟きが届く。
全ての戦友の、祈りと叫びが、ゲージを動かした。
−耐久力・26
「…フ…」
思わず笑みが浮かんだ。
口中の血塊を吐き捨てて、決然と応える。
「…行きますよ、舞」
士魂号は、立ち上がった。
戦う力は残されていない。
やるなら一撃だ。
慎重に、狙いを定めて「敵」を見る。
向けられた照準。
全ての祈りを注ぎ込んで、その手に力を込める。
集まってくる青い光。ヨーコの描いた文様が浮かび上がる。
生身の手と連動するように、凄まじいまでに輝き出す、士魂号の拳。
これが、最後の幻獣を、許す力。
思わず、自分のものとは思えない、咆吼が上がった。
精霊手、炸裂。
その光が、「敵」を取り巻く。
盛大な爆発と共にその姿が霧消する。
渦を巻く様にして空に昇る青い光。
その中心の地面に、ひとり取り残されるように、狩谷がいた。
無傷なまま。
突然我に返ったように、昇る光を見回す。
その呆然としたような素振りに、安堵する。
「…やったな」
舞の声が聞こえた。
「ええ…有り難う」
やっと、それだけを言った。
力が抜けるように、士魂号が崩折れた。
士魂号のコクピットが外から開かれて、無理矢理ヘッドセットが剥がされた。
射し込む光に目を細める。
「生きてまーす!」
「びょ、病院だ、病院!」
「止血します」
ののみが寄ってきた。
「…だいじょうぶなのよ。これからはいいことしかおこらないの。ねー」
にっこり笑った。
「ニャー!」
ブータが頷く様に応える。
軽く、息を吐いた。
(…やれやれ、どんな兵器より、小さな子の怒った声ですね)
声になるかならぬかの呼気で、呟く。
「それが、正しい世界ってもんでしょう」
耳ざとく聞き取ったらしい若宮が、それに応えた。
「それを知ったら、みんな馬鹿らしくて、戦争をやめるんじゃないですかね」
一瞬、若宮を見る。彼は軽く、ウィンクして見せた。
「…違いない」
目を閉じ、笑って、親指を立てた拳を、ゆっくりと空につきだした。
みんなに応えるように。