鋼夢 −WhatIf_FMA−
「鋼の錬金術師(アニメ版)」より
2002-05-25 公開


 今夜も、衝動に突き動かされて、円陣を描く。


 混ぜ合わせた材料を中央に置き、自らの血液と、奴の遺品に残った塊の欠片を、合わせる様にして、最後に垂らす。
 両手を置くのも、いつもと同じ。


 「…っ」



 奴が望まないのは解って居る。
 望んで居るのは自分だ。
 だから、これは、此処迄。


 儀式の様に、禁忌に触れる。



 忘れない為の、儀式。



 「いかんな…『人体練成』か?」



 ぎょっとして、動きを止める。
 「あの子達に説教しといて、お前さんがそれじゃあ示しがつかんだろ」
 何処か軽やかな、懐かしい、声。
 「何より、政敵に、格好の攻撃材料をやるようなもんだ」
 ぎし、と安普請の床が鳴った。
 「慎重なお前さんらしくないな」


 「…私の何を、探るつもりだ?」


 低く、追求する。
 ふりかえりも、せず。
 「別に、何も」
 聞き慣れた声は、仕草すら、想起させて。
 「ただ、親友に逢いに来ただけだ」
 そっと手を練成陣から剥がす。
 「死んだ者の真似をした処で、何も、出ないぞ?」
 「ああ、よく解ってる」
 指を合わせて体勢を整える。
 「では、死者を冒涜するのは止めたまえ」



 振り向き様、最大の火力で相手を焼いた。



 …焼いた、筈だった。


 「…っに!」


 「やれやれ…不燃布用意してて正解だったな」
 被っていた何かをばさり、と脱ぐ。
 「こんなに熱伝導すると、まずいんだが…放熱板が巧く作動してそうだ」
 ぼろぼろに炭化した、衣服の切れ端が、ばらり、と床に落ちた。
 「よく出来てるな。流石は東洋の秘技」
 その姿に、声も無かった。



 まごう事無き親友が、そこに居た。



 ただ。
 「…」
 その、腕は。
 「ん?どうした?」
 その、胸は。
 「…誰が」
 その、顔は。



 「誰が墓を暴いた…?」



 半分炎に焼かれ、焦げ落ちた軍服の下から現れたのは、
 黒光りする鋼の身体。
 顔こそそのままだが、首から下に、肌と呼べるものは無い。



 「よく出来てるだろ?」



 男はぽん、と鋼の手で己の顔を叩いた。
 「この顔も、まがいものだ。生きてるのは、この中だけさ」
 コンコン、と指の先で頭をつついてみせる。
 「ジ…とかなんとか言ったかな。詳しい事は俺もよく知らん。その国を追われた奴が造った、身体なんだそうだ。最大限の軽量化を施してあるのに、運動能力はヒトどころか通常の戦闘用機械鎧の倍の数値を叩き出すらしい。たまたま実験台を探してる時に俺の死と、遭遇した」
 にやり、と笑って。
 「正に東洋の魔術という訳さ」


 「…それが本当かどうか、保証は無い」


 絞り出す様に問う。
 「俺も、俺だと、保証は出来ん」
 「貴様が私を陥れる誰かの手先ではないと、誰が判る」
 「俺もそう思うよ」
 「そんな奇天烈な話、信用できるか!」


 男は、肩をすくめて笑った。



 「しなくても、俺は、かまわん」



 その笑顔が。
 その仕草が。


 とてつもなく、奴だと言うのに。



 これが敵だったら、思うツボだ。



 だって自分は、こんなにも、無防備だ。
 迷わず焼ける自信はある。
 これが奴なら喜んで焼けてくれるかもしれない。
 だが。


 今何故、指が動かない。


 「エリシア達の面倒をみてくれてるそうだな」
 「…」
 「すまんな。お前と、リザちゃんに感謝してるよ」
 「…何故そこで中尉が出てくる」
 「どうせお前一人じゃ面倒見きれんのだろ?」
 「…言ってくれる」


 嗚呼。
 こういう処は、間違い無く、奴なのに。


 「何故…行ってやらんのだ」
 「ん?」
 「何故、俺の処へ出てきた。行くなら先ず彼女達の処だろう!どうして…」
 遠い眼差しが、ふい、と逸らされて。



 「俺はもう、死んでるんだよ」



 じゃあ何故、俺の前に現れた?
 言えない言葉が、喉で凝る。
 解ってる。
 これが、どういう類のものなのか。
 特殊な機械鎧。
 敢えて死者を使う理由。



 それが、被験体という事。



 「見なかった事にしておくから」
 す、と男が踵を返す。
 「とりあえず、床のそれは消しておくんだな」
 「…何処へ」
 行くんだ、という言葉を飲みこむ。
 当たり前に、解り切ってる事なのに。



 「そいつは野暮ってもんだろう?」



 軽やかな声。
 あんな無骨な鋼の何処に、これ程の再現力があるのだろう。
 ヒトの練成すら叶わぬ錬金術を、あざ笑うかの、様に。


 男の足が、止まる。


 「ロイ」


 その、黒光りする、背中。




 「何でとどめを刺さない」




 「!」
 身体が凍る。
 「お前はそんなに甘い男じゃなかった筈だ。上を目指すなら、」
 息を、飲んだ。
 「此処で、この玩具は壊して然るべきだろ…違うか?」



 間違い無く、奴だった。



 「…あ…」
 だが指は、ぴくりとも、動かない。
 ふう、と男の肩ごしに、溜息一つ。
 「…後悔するぞ?」
 「…」


 返す言葉も無く、立ち去る姿を、ただ、見送るしか、無かった。



 やがて、練成陣に残る、服の残骸を、拾った。
 禁忌にとりつかれた心が見せる白昼夢では無い事を、確認する為に。
 やがて野望の障害になるかもしれない禁断の、証拠とする為に。


 だが、
 その炭は、掌に残る事無く、崩れ落ちた。


−Contiuous End?−



[あとがき]
[HOME] [Novel Index] [PageTop]