ののみは最期に、血を吐きながら、瀬戸口の頭を撫でた。
「なかないの、よ…たか、ちゃん?」
さながら、慈母の如く。
「いいこ、だから。でないと、ののみ…」
眉根を寄せるののみに、瀬戸口は、無理に笑顔を作った。
「…判った。判ったよ。だから俺と一緒に帰ろ?な?」
そこまで、だった。
戦況は最悪だった。
戦死者多数。味方にも損害が出て、士魂号は全損。
スカウトにもパイロットにも、戦死者が出た。
指揮車も全損で、辛うじて脱出したものの、ののみと萌が死に、祭が大怪我をした。
「東原ぁ!」
瀬戸口の狂乱ぶりは殊に激しかった。
冷たくなっていくののみの身体を抱きしめて、周囲を憚らず、身を揉むようにして大の男が泣き叫ぶ。
「あんまりだ…何故、この子が死なねばならない?」
死ぬべきは、俺だ。
浅ましくも生き汚い、自分にこそ、その資格がある。
やるせない哀しみと、持って行き場の無い怒りが、ぐるぐると頭の中を巡って、灼熱の慟哭へと変わる。
「今は、置いて行きなさい。人出が足りない。死者より生者が、優先する」
何の感情も含まない声が、背後からした。
「な…ん、だ、と…!」
その男は振り向きもせず、勿論瀬戸口の問いに応える事もなく、怪我人に声を掛けて、肩を貸す。
「善行ー!」
迸る感情の奔流にも、その表情が変わる事は、ない。
「此処は、戦場だ」
その瞬間だった。
ヒュン!
風を切る音が善行の間近でした。
「?!」
鋭利な風圧が掠めて、その頬が切れる。
手を貸していた怪我人の、首が飛んでいた。
痙攣する元・ヒトだったものを、即座に善行は手放す。
くぐもった「音」と共に、ホルスターが銃ごと前に吹っ飛んだ。
「!」
次の動作を起こす間もなく、がしりと肩を掴まれて、尋常でない力で引き倒される。
その拍子に、骨ごと肩を抉られた。
「っ!」
見上げた先に居たのは、異形。
片腕に、冷たくなった少女の身体を抱え、全身ヒトならぬ身の色に輝かせた、鬼。
その目に宿る、紅い光に、意識が刺し貫かれた。
鬼が、吼える。
「!」
哭声と共に、その鋭利な爪が、善行をなぎ払った。
ウォードレスの胸当てをものともせず、軽々とそれを抉り、片腕を引っかける。
抉られた肩からその腕が、無造作に引きちぎられ、血飛沫が飛ぶ。
「かはぁ!」
流石に声が出た。
吐いた血固まりと同時に、脂汗がどっと吹き出てくる。
気が遠くなる痛みに喘ぎつつ、それでも、異形を睨み付けた。
「…それで、気が済むなら、好きに、しなさい。どうせ…誰も、還りは、しない」
最後の意地、だった。
血に濡れた、鬼の顔。
ぼと、と重い音がした。
善行の腕が、彼自身の目の前に落ちていた。
「…?」
異形の姿が、ゆっくりと、見覚えのある姿に変わっていく。
紅く染め抜かれた長い髪は見慣れぬものの、潤んだその、切れ長の紫色の目は、善行の良く知るものだった。
異形だった男は、そっとののみの遺骸を置いて、善行に近付いてくる。
そのまま跪いて、腫れ物に触る様に、善行の傷へそっと、手を伸ばす。
その顔は悔悟に彩られたまま。
触れようとして、指が止まる。
「…瀬戸口、君?」
掠れた声でようやっと、相手に声を掛けた。
刹那。
瀬戸口と呼ばれた男の目から、ぽろぽろと涙が零れた。
「…フ」
善行は軽く溜息をついて、微笑して見せた。
瀬戸口がその身体に縋り付く。
身体を震わせる瀬戸口の頭を、善行は、残った手で、ゆっくり撫でてやった。
自分は何をしているんだろう、と思いながら。
−Fin−
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