降臨
降臨
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2003-02-12 公開



 翼持ちしもの その地に降り立ちて
 嘆きの声に応え 我らを救わん




 そらに、おおきなあながあいた。


 それは、とてもとてもおおきな、まるい、まっくろな、あな。
 すいこまれてしまいそうな、そこしれない、やみのいろ。


 そのとき、ぼくはみたんだ。


 まっしろい、おおきなはねをひろげたひとが、おりてきたのを。
 おおきくくろいよるのあなをぬけて、ゆうひのしずむだいちに、
 そのすべてをあかねにそめて、おりたつ、そのひとを。


 そのひとは、おおぞらをかきいだくように、りょうてをいっぱいにのばした。
 まるでそれは、かつていたそらを、そらにいるなにかを、いとおしむように。



 やがて白く伸びた羽は姿を失い、そこには何処にでも居る、青年がいた。
 そうやって、彼は、この地に、やってきた。






 日々の戦いは激しさを増していた。
 失われゆくプラント。消えゆく仲間。
 守るべきシェアは最早こちらにある筈もなく、劣勢は明らかだった。

 この戦いで親を喪った少年が、私のラボに駆け込んでくる。
 切羽詰まった顔は、いつもの問いを、私に投げかけようとしている証拠だ。

 「せんせい!どうしてせんせいは、ぼくたちをたすけてくれないの?」

 私がこの地に来てから、彼に何度となく問われ、その度に答えてきた、言葉。

 「XX君。私には、そんな力はない、といつも言っているでしょう?」
 「うそだ!せんせいはそらのあなからはねでおりてきたじゃないか!」

 そう、彼は、私がこの地に降り立つ瞬間を見てしまっている。
 前の世界の遺物である、一対の力翼が消える瞬間を目撃した、希有な存在。
 それがこの世界に残る昔話と奇妙に繋がってしまったらしい。


 翼持ちしもの その地に降り立ちて
 嘆きの声に応え 我らを救わん


 この村に伝わる、とるに足りないわらべうた。
 かつてこの地が圧政に苦しんだ折、翼を持つ「天使」が舞い降りて、
 彼等を助けたという、何処にでも聞くような、ありふれた伝承を歌ったもの。
 彼は、このうたを信じるくらいには、子供だった。
 熱っぽい目で私に懐き、そのうたをうたってみせ、物語を語った。
 だが、今の私は、力翼の存在した世界とは既に切れており、全てに強化された
 クローン人間ではない。ただ、今迄の世界の「記憶」を持つに過ぎないのだ。

 「私にはそんな力はありません。確かに、かつていた場所では翼も持っていた
 かも知れません。でもこの世界の私は、只の学者に過ぎないのです」
 「せんせい…」
 「それに、他力本願は何も生まない、と何度も言ってるでしょう?今を壊したい
 のなら、まず自分が立ち上がらなければいけません」
 「でも!」
 「君が精一杯戦ってるのは知っています。だから私は頑張れ、とは言わない。
 縋りたい気持ちもよく判ります。ですが、それでは駄目なのです」

 少年は俯いた。
 年端もいかぬ子供に酷だというのは判っている。だが、戦いとはそういうものだ。
 そして、運命を変えるとは−


 「…むかし、そうおしえてくれたひとが、いたんだ」


 心が、跳ねた。
 その言葉の匂いに、ある予感が過ぎる。


 それは、初めて聞く話だった。


 「…誰ですそれは」
 「むかし、ここにいたひと」


 まさか。


 「いまのうたのつづきとなまえをおしえてくれて、たったひとりでも、
 ぼくがたたかいつづけていれば、いつかかならずたすけにきてくれるって。
 ぼくがいきることをあきらめず、せかいのまちがってるとおもうところを
 かえれば、うたのとおりのてんしが、みんなをたすけてくれるっていったんだ」


 まさか。


 「そのひとは、もうしんでしまったけれど」


 少年は大事そうに、ペンダントを取り出した。

 「だれにもみせるなといわれたけど、せんせいならいいや」

 ほんのりと青味を帯びた安っぽい、石。
 まさか、それは。


 「そのひとがぼくにくれたんだ」






 「…此処にも、もう、居ないんですね。あなたは」


 少年が戦場に去って、研究室に只一人。
 壁面の磨かれた鏡を見つめて、呟く。


 「私はあなたに逢う為に、風を渡った。全ての愛しい記憶に別れを告げて。
 だのに、あなたはもう、旅立った後だ」


 開けた窓からは、焦臭い風が、密やかに流れ込む。
 昔、よく嗅いだ、慣れた匂い。


 「あの世界とシルーグを見届けよ、とあなたは言った。だから私は私の役割を
 果たした。あなたの目的は達せられたから、私はあなたを追う事に決めたのだ」


 鏡に向かってそっと、その舌を出す。
 その舌の真ん中に、青い石。



 「何処にいる。我が、愛しのアリアンよ」



 傍観者で居続ける為に、ずっと道化を演じてた世界。
 それをいっぺんで見破った少女がいた。
 その、一途な瞳を思い起こす。
 何を求めるでなく、ただ一心に自分を愛してくれた少女。
 彼女の為に全てを捨てた時、只一人、受け入れてくれた、愛の娘。


 それが自分の役目なら、自分はそれから逃げないと、その目が雄弁に語っていた。



 ふと、石がひときわ、輝いた。
 その色が、彼女の静かな怒りを思わせる。



 「そんな事で嘆くな、と?」
 思わずむかしのように、笑みが浮かぶ。
 「そうでした。私は戦士だったこともあったのでしたね…」






 少年は、戦い続けていた。
 お隣の少女も、裏のおじさんも、既にいのちを落としていた。
 彼の半身は既に無く、自身のいとなみも、流れゆく血潮と共に喪われつつあった。
 だが、まだ動く方の手足で武器を取り、出来る限りの力で戦い続けていた。


 しかし、ものごとには限界がある。
 次第にその手から力が抜けて、ついに彼は地面に横たわった。
 眼に入った血の色で、朱に染まった大地がぼやけてきて、何となく空を見上げた。
 空は、夜か闇か、判らなかった。


 少年は声にならない声で、あのうたをうたった。



 翼持ちしもの その地に降り立ちて
 嘆きの声に応え 我らを救わん
 翼持ちしもの その名を唱えよ
 暁の舞踏 ア…



 と。



 闇に溶け掛けたような、茜の空に、ぽつんと白い点。
 もう殆ど見えない目を、彼はこらした。
 その姿が次第に大きくなる。
 見間違いじゃない。

 (せ−)

 その背中にあるのは羽ではなく、噴射ロケットだったのだが、
 少年には、それが見えた。



 丁度あの時のように。



 そのものは、大地に降り立つと、少年に静かな微笑を見せた。


 それこそは、死の微笑み。



 「我が名は、アリアン。夜明けの足音を踏みならす、暁の英雄。
  絶望の大地に絢爛たる未来を呼び起こす、鮮烈なる舞踏。
  いざ帰らん、我が愛しき故郷、その果てしなき戦いの地へ!」



−終劇−



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