寓話
寓話
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2003-02-03 公開

 異形は、身を竦めた。
 ボロボロの身体に、風は、冷たい。
 いい加減、新たな身体を手に入れないと、今日みたいな日をしのぐのは、大変だ。


 「おにはーそと!ふくはーうち!」


 また、聞きたくもない「音」が身体を打って、異形はその場を急いで逃げ出した。


 どうしてこんな日があるのだろう。


 あの「音」には自分のようなものを強烈に傷つける力がある。
 一緒に撒かれる豆にも、あの「音」とともに同じモノが宿る様で、いつもなら問題なく触れるそれも、触れる事すら出来ない。


 (それは『言霊』が、宿るから)


 あのひとは、そういって、優しく傷を、癒してくれた。
 (ひとびとの、素直な思いが、言葉となって大気に充ちる。込められた思いが、その強さの分だけ、力へと変わる…それが言霊)
 大きな青い瞳が、彼を包み込む。
 (でも、素直な思いは、時に他を傷つける。あなたのような、やさしい生き物までも…)


 「ロボが太巻一気で窒息したらしいぞ!」
 「フフフ、愚かなり!我らが酔うのは靴下巻ィ!まだまだ修行が足りませんねぃ!」


 甲高いわめき声が、異形を、いまに、引き戻す。
 異形は、足下を、見下ろした。



 眼下に広がる、色とりどりの、ヒトの、巣。



 壊れてるものも沢山あったが、そのどれからも、うっすらと光の膜が見えていた。
 少しずつ膜が広がってるものもある。
 異形は、その光を見ているだけで、肌がぴりぴりしてくる気がしていた。
 避けそこなった豆が焼いた、ふくらはぎが、ずくずくと、疼く。
 身体が言霊に囚われて焼かれる前に、異形はそこを後にした。




 何処迄走ったのだろう。
 ヒトの巣も、まばらになった、場末の川近く。
 異形はそこに、面白いものを、見つけた。
 それは、ヒトのつがいや群や、たまに一匹が、幾つか集まって作っている、四角い二段重ねの巣だと、異形は知っていた。
 その巣の中に、一つだけ、



 ぽつん、と光ってない、巣。



 中にヒトの気配は、ある。だが、一向にあの光の膜が、生まれてこない。
 異形は、助かった、と思った。
 なにしろ走り詰めで、このオンボロな身体を、壊しかけていたから。
 注意深くよけていても、どこからともなく「音」は現れて、容赦なく自分の身体を傷つける。これ以上外には居られなかった。


 かといって、お山に戻るのは、もっともっと、ツライ。


 異形は、なけなしの力で隠形して、その、光のない巣の側に、近付いて、みた。
 予想通り、此処には、自分を傷つける「音」も、豆も、力も、ない。
 此処で何事もなく、一晩眠る事が出来れば、かなり回復出来そうだった。
 安心して息を付き、隠形したまま、その素通しから、中に入る。
 中には一匹、若い、ヒトのオスが、座っている。
 目玉の辺りを覆ってる丸いのが、「眼鏡」という事ぐらいは、最近覚えた。
 巣の中の、天井辺りに延びる、四角い置物の影に溶け込んだ処で、異形はぎくりとした。


 そのオスの目の前に、「豆」がある。


 まだあの「音」を発してないのだろう、豆には力を感じなかった。
 だが、これからあの「音」を出すのだろうか。
 折角見つけた場所なのに。


 異形は息を潜めて、そのヒトのオスを、見つめた。


 「…大家さんにも、困ったものです」
 そのオスは、軽く溜息をついた。
 「ウチでは、節分なんて行事、やらなかったんですがねえ」
 パラリ、と豆を掴んで、木の箱に落とす。
 「この食糧不足に、どうにも勿体ないし…」
 一粒摘んで、まじまじとそれを眺める。
 「わざわざ炒ってありますね…って事は…後で皮の掃除が大変そうな…」
 それをまた、箱に戻した。
 「鬼、ですか…」
 ヒトのオスは、そっくり返るようにして、宙空を眺めた。

 異形は、彼と、目があった。
 意識せず、しばらく、見つめ合うような形になった。
 自分はあれには見えない筈なのに、見透かされたような気がして、どきどきした。
 訳もなく、あのオスは、自分の味方のような、気がしてきていた。
 だといいのに、と勝手に思い始めていた。


 と、そのオスは、箱を掴んで立ち上がった。
 「まあでも、とりあえず、郷に入っては郷に従えとの言葉通りにした方が、よさそうですね」


 異形は、がっかりした。
 やっと見つけた一時しのぎを、失うのは、とても、哀しかった。



 「福は、内」



 異形は、目を見張った。
 そのオスは、箱から豆を一粒摘むと、床にぱらり、と落とした。


 「福は、内」


 淡々と、叫ぶでなく、呟く様に。
 そしてまた、豆を一粒摘んで、巣の別の場所に落とした。


 「福は、内」


 ぱらり。


 撒かれる豆一粒にも、唱えられた「音」にも、異形を傷つける、あの力は感じられなかった。
 異形は不思議な気がして、そのヒトのオスの様を見つめていた。
 「これで義理は果たしましたかね。ああ勿体ない」
 三粒落とした処でぼそりと呟いて、そのオスは、落とした豆と、散らばったその皮を、拾って捨てる。
 そしてまた、豆の入った木箱を目の前に置いて、座った。
 「…鬼を追い出す?」
 オスは、目を覆う丸いものをはずした。
 その口が、皮肉気に、小さく、動く。
 「『鬼』が鬼を追い出してどうしますか。第一、」
 その目が、どこか優しげな光を帯びて、豆を見つめる。



 「鬼より怖いのは人の方ですよ」



 異形は、どきり、とした。
 その声音の柔らかさに、何かを思い出し掛けた、から。
 思い出したくなくて、自ら封じた筈の、何か。
 とても懐かしい筈の、哀しい筈の、何かを。

 このオスの気は、とてもそれに似ている、と思った。
 思い出せないけれど、忘れ切れていない身体の何処かが、感じる、匂い。


 だから今夜は、此処にいよう、と異形は思った。



- Continuous End.-



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