其の参:野望の終わり(爆)
扉が開く、気配がした。
善行は書類から目だけ、ちらり、と上げる。
遠坂が、立っていた。
「…」
善行は視線を元に戻して、仕事を続ける。
「何の用です」
「…」
遠坂は、応えない。
「今は仕事の時間ですよ?貴方も自分の仕事をしなさい」
善行は、手を休めない。
遠坂の見てるその前で、分厚い資料を二冊眺め、徐に裁可印とサインをした。
す、と遠坂の右手があがった。
その手に、黒光りするハンドガンが握られていた。
銃口は、真っ直ぐ善行の額を狙っている。
「忠孝様…」
善行は、顔を上げない。
「貴方には、死んで、頂きます」
何事も無いかの様に、淀みなく、手が動く。
遠坂の唇が、ぎり、と噛まれた。
「私達の望みの為には、貴方は邪魔なのです」
善行は、応えない。
「貴方には、我が願いの為の、礎になって頂く」
「この小隊の要は私ではない」
初めて、善行の手が止まった。
「!」
その顔が上がり、遠坂を正面から見据える。
光を含んだレンズ越しに、透徹した眼差しが、遠坂の姿を捉える。
「貴方は、間違っています。私一人を倒した処で、何も、変わらない」
遠坂は声を荒げた。
「な、何を言う!あ、貴方は…この小隊で国家最大級の戦果を上げている司令官であり、中央にも今や顔が利く筈だ!それに!」
「遠坂君」
特に大きい訳ではないが、鋭い声。
「何を、吹き込まれました?」
「…!」
「貴方は判っていませんね。いや、貴方の背後のものは、と言うべきでしょうか?」
遠坂の顔が驚愕に歪む。
「この小隊が、最大の戦果を上げているのは、私の力ではありません。此処に人智を越えたエースが居るからです。そしてそのエースは、指揮官一人すげ変えた位では揺るがない。何故なら彼等は既に自らの主であって、他人に委ねる様な戦い方はしていない。それこそが、ヒトを越えた生き方−絢爛舞踏というものです」
善行の頬に薄い笑みが浮かぶ。
「血反吐を吐き、地べたを這う様にして、足掻いた末に、彼等はその高みに辿り着いた。その、孤高不遜たる彼等をどの様に侵し操ろうというのですか?誰にもそれは出来ません」
「く…!」
「貴方が何を信望していようと、戦局に被害のない間は放って置くつもりでした。ですが最早、看過する訳には行きません」
遠坂の目が、見開かれる。
銃口が、震えた。
「し…知っていたのですか…?!わ、私が、幻獣共生派である、と?」
「貴方が、私付きの副官として赴任してきた時から、情報は持っていました」
「は…初めから…」
「芝村の情報網を侮らない方が良い、という事です」
「…っ!」
遠坂の表情が蒼白になった。
全身が瘧のように震えている。
「ウワァ…ッ!」
引き金が、引かれた!
「!」
甲高い音がしてハンドガンの弾丸が弾かれた。
善行の前に、装甲が繰り出されている。
そして、その装甲を置いた人物の反対の手にはハンドガンがあった。
「…若宮戦士」
絞り出す様な遠坂の言葉に、善行が応えた。
「貴方の動きが怪しいので、潜んで貰ったのです。出来れば、動いて欲しくは無かったのですがね」
「…く!」
遠坂は、踵を返して隊長室を飛び出した。