Consilium  −パンドラの箱−
Consilium −パンドラの箱−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2002-10-19 公開



 最後の幻獣をぶち殺してから、もう、どの位になるのだろう。
 機械的な部下の報告を聞きながら、肘掛けをなぞる。

 「…はアメリカ砂漠に潜伏しており、最後の共生派を名乗って徹底抗戦を叫んでおります」

 どいつもこいつも、何も判っちゃいない。
 どうして僕の夢を、邪魔するのだろう。
 僕はただ、あの子の思いを、叶えたいだけなのに。

 もう、それだけでしか、生きてはいないのに。

 芝村ですらない、ヒト共の、何と愚かで見苦しい事よ。
 あの子の様に、鮮やかで、美しい生き方を、何故出来ない。
 幻獣は居なくなったのに、地上はまだ、醜いままだ。


 苛々する。


 青い前髪を掻き上げて、口を開く。
 「…潰せ。完膚無き迄に。オーヴァーウエポンの使用を許可する」
 「はっ」
 「…いや。そうだな。我も出る。そう、伝えよ」
 「…は、はっ!」




 滾る。
 戦った後はいつもそうだ。
 周りの畏怖の視線も賛美の歓呼も、煩いだけ。

 「おめでとうございます」

 少し険しい顔で遠坂が出迎える。
 いつものとりすました顔をしようとして、失敗しているのは、今日の相手の所為だろう。

 「やはり元仲間を殺すのは、気がひけるか?」
 「は、いいえ。その様な事はありません。今、私の忠誠は全て貴方に…厚志」

 その人物と同じく、つまらない言葉だ。
 ヒトを信じる事程つまらない事はないのに。


 苛々する。


 いっそ、その全てを滅ぼしてしまったら、清々するかも知れない。
 「約束」を達成したら、全てを焼き尽くす。
 どうせ、



 もう、あの子は居ないのだ。



 遠坂の言葉には応えず、奥の部屋に入る。
 此処から先は、誰も入れない。
 そこには、刹那の快楽が待っている。
 滾る熱を吐き出す為だけの、ゴミ箱が。





 「相変わらずですね…」

 歩きながら、善行は人知れず呟いた。
 接収された、元共生派のアジトとおぼしき間に合わせの本部からは、直前の戦闘を思わせる異臭がまだ、微かに漂っていた。
 「よう」
 やってきた善行に気が付いて、瀬戸口が声を掛ける。
 「早かったな」
 「随分とせわしい連絡でしたから。おかげで戦場を一つ放りっぱなしです」
 「まーたまた、下手な嘘ついて。ちゃんと片付けてから来てるんでしょう?そういうの、ウチの上司はお嫌いだったと思いましたけど?」
 肩を竦めて溜息一つ。
 「敵いませんね。ま、その通りではあるんですけど。この件は高くつきますよ…瀬戸口君」
 語尾をひそめる。
 瀬戸口もそれに倣う様に、表情を改めた。
 「…すまん」
 「いえ。良いですけどね」

 揃って押し黙ったその耳に、細く微かな悲鳴の様な音が、聞こえた。

 「…またですか」
 瀬戸口の表情は、厳しい。
 「今回は、幻獣派の一人だ。そしてやっぱり…」
 「似ている、のですね?」
 低く、訊ねる。
 「…ああ」
 苦渋に充ちた、返事。
 「あれは最強だ。俺達には、止められん」
 瀬戸口は続ける。
 「今の処は闇に葬れる。だが、何れ、何処かが歪み始めるだろう…そうしたら、もう取り返しがつかない」
 善行は、眼鏡を押し上げた。
 「だがそれが、本来の歴史の有り様です。我々は失敗している。この歪みを正す事は、今は出来ない。あの娘を喪った彼を今、繋ぎ止めているのは、あの娘との約束という、非常に儚く脆いものだけです。その約束が果たされてしまえば、彼は野に放たれる事になる」
 「じゃあどうするんだ!」
 瀬戸口が声を荒げた。
 「そんな、無意味な事実だけ語ってどうする!今現実に、一人の女が酷い目にあって、多分もう死んでいる。そんな状況を目の当たりにして、何とも思わないのか?仕方ないと黙認するのか?−着々と、犠牲が増えているのに、だ」
 「思う様ならこんな処にも居なければ、あの人にも付いてきてはいませんよ。違いますか?」
 瀬戸口は何かを言いかけて、やがて、深い溜息をついた。
 「…確かにそうだな。戦うとはそういう事だ。すまん」
 「いえ。貴方の気持ちは判りますよ…そう、確かにこれは拙い状況です。今にきっと、我々にとって、有り難くない状況が起こる」
 善行は、顎を撫でた。

 と。

 「いらしてたのですね」
 憔悴した遠坂が、姿を現した。
 「誰かに呼ばれましてね。今状況を聞いていた処です」
 「そうですか…」
 遠坂は、深く長い溜息を付くと、空いている椅子に腰掛ける。
 「古巣の仲間がやられるのは、やはり厳しいですか?」
 「は、いいえ。そんな事はありません。今の私は青の厚志に仕える身。青の将軍の為される事に間違いはありません。ですが…」
 それきり、遠坂は口をつぐんだ。
 いつしか、悲鳴に似た音が、消えていた。
 善行は立ち上がった。
 「私が行きましょう。どうせ、此処へ来た挨拶をしなければならない。遠坂君は休んでいなさい」





 厚志はつまらなそうに、眼前の男を見やった。
 こいつは初めて会った時から変わらない。
 すました顔で、抜け目がないのかと思えば、何処か予想外の行動を取る、只の生真面目な小人物にも見えれば、有能な切れ者にも見える、その全てが韜晦に見える男。
 「相変わらず、良いタイミングで現れる」
 善行は眼鏡を押し上げた。
 「あちらが予想より早く終わりましたので、助太刀にと思いまして」
 「フ…相変わらず嘘が下手だな。大方瀬戸口か遠坂辺りに呼ばれたのだろう?」
 先程迄抱いていたモノの残骸を、目の前に、無造作に投げやる。
 「お前の事だから、向こうは本当に片付けて来ているのだろうが」
 赤白に斑の、その引き裂かれた「モノ」を、一瞥した善行の表情は、色付きレンズに隠されて読めない。
 「…向こうで、森さんに会いましたよ」
 不意に出された固有名詞に、眉を顰める。
 「出張で近くに居た処を巻き込まれたらしいです。久しぶりに会いたい、と言ってました」
 「そうか」
 興味も何もない、不器用な少女の顔がおぼろげに、思い浮かんだ。
 忘れていない、その程度には、戦友だったのかもしれない。
 「心配してましたよ」
 耳慣れない言葉に、思わず聞き返す。
 「心配?」
 「ええ」
 余りにそぐわない言葉に、厚志は失笑した。
 「森も馬鹿な事を言う。芝村に心配など無い。最早全てのものが我の前に跪く。我こそは全てを統べる者。そう、」
 ゆったりと、笑う。
 「既に、芝村をも使役する者」


 善行は、何も言わない。


 厚志は全てに、興味を失った。

 「…もう要らん。処理しろ」
 「…はっ」





 「また、人が死んだ」
 『それが、本来の歴史だ…失敗したという事だな』
 「ほくそ笑むのは上ばかり、という訳か」
 『そして多くの命が喪われる』
 「余り、有り難くないオチだな」
 『…追い出す方法が、無い訳ではない』
 「…」
 男の携帯を持つ、反対の手が、ゆっくりと顎を撫でる。
 「掛けられるか?」
 『本人次第だろう』
 その中指が、そのままブリッジにあてられた。
 光を含んだレンズのその下で、瞼が閉じられる。
 眼鏡を押し上げた指が、ブリッジから離される。


 やがて、その目がゆっくり、見開かれた。


 「判った。出来る手は打ってみよう」





 ワールドタイムゲートが、開く。
 士翼号が、厚志を乗せて、大きく動き始める。

『OVERS SYSTEM VER0.80
 1999 Alfa System
 PAPA PAPA GO TO MAMA』

 「俺を、パパだと?」

 善行の姿が、モニタに現れる。

 『人工知能ですよ。この機械は、夢を見ています。世界が、幸せになる夢を。これは七つの世界でたった一つの、夢を見る機械』
 「士魂号なのか」
 『いえ、違います。これは、あなた達の世界で作られた、岩田の最後の作品。それを第6世界で中村達が改造して、そして第7世界で夢を託した、世界最強の機体』
 「…名は」
 『士翼号』

 厚志は、善行を見ていたが、不意に言葉を継いだ。

 「…前から、不思議に思っていた。なぜ、お前の不可解な行動が。お前は別の世界の人間…いや、その協力者だったのだな」
 『…それについては、語る事が、禁じられています』
 「それ以外については、聞いてもいいのか」
 『言える範囲なら』
 「俺は舞を取り戻す。お前達は、何を得するんだ」

 善行は悲しそうに微笑むと、真顔になって言った。


 『…いいか。覚えておけ。世界は得や損が全部じゃないぞ』


 厚志は一度だけ、目を伏せた。
 肩のイトリが遠い異邦の友人を見つめる。


 「了解した。許せ。俺はお前の友情を、疑った」
 『今は、違うのでしょう。帰りなさい。時は、来た』
 「分かった」
 厚志は、森を瞬間だけ見ると、顔を上げた。
 嵐が、吹いている。


 「…パパと一緒に、ママのところに行こう」


 呪文詠唱の様な、あの「歌」の、聞こえる処へ。
 愛する、あの子の元へ−



 夢の機械は、思いを乗せて、旅立っていった。




−Fin.−



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