「さて…何と呼びますかね」
双方寄り添って寝ている猫二匹の背中を眺めて、善行は独りごちた。
連れてきた迄は良いものの、その後の事迄考えてなかったというのが順当な処である。
黒の短毛種と白の長毛種。
毛の割に細いのが白い方。
鳴く声もひ弱で、ミルクも余り飲まなかったが、人懐っこく愛想もいい。
抱く時に暴れて引っ掻いたのが黒い方。
ミルクを出す迄は足にまとわりついてきたが、それ以後は人を見向きもしない。
黒い方だけ、尻尾が割れている。
「…流石に『猫又』は拙いな」
善行はしばらく頬に手を当てて考えていたが、ふと、床に放置してある、読みかけの本に気が付いた。
最近仕事にかまけてて、途中で放ってあるやつだ。
「君主論はよく読み返すのですがね…」
同じ作者の、別著作名を呟きながら拾い上げて、しおりの部分を開く。
「有名処と言う事で、この辺りでいきますか」
士官学校でローマ史は一通り習うので、内容は判っている。
たまたま開いたページに載っていた、将軍の名前を選ぶ事にした。
「黒い方がハンニバルで、白い方がスキピオ。これにしましょう」
黒い方にカルタゴの将軍を当てたのは、我ながら安直な選択だ、と軽く笑った。
「…気に入らぬ」
「何を言っている」
「実に安易だ。もう少し、頭を使えば良いものを」
「つまらぬ事を」
「我らの名だぞ!」
「シッ。起きるぞ」
それは、深夜の事。
この部屋の主は、とっくに就寝中である。
「良いではないか。ハンニバルとスキピオと言えば、ヒトとは言え、共に戦巧者で知られる英雄。悪くない」
ゆったりと答えたのは、白い猫の方。
「お前はブータニアス殿の子供だからな」
苛々と答えたのは黒い猫。
「ほう、それでは何か?『猫又』の方が良かったのか?」
白猫は笑い含みに訊ねる。
黒猫は流石に言葉につまった。
時計の音だけが、響く。
「…それにしても、知らぬ事とはいえ」
「…」
「我らの出自を知らぬのに、ちゃんとお前をカルタゴに、こちらをローマに割り振ってきたぞ?」
黒猫は外を向いた。
「…フン。偶然だ」
白猫は、優雅に寝そべった。
「アフリカの猫神であるお前に、ハンニバルか。流石に『介添人』は鋭いな」
「お前はこいつの肩を持ち過ぎる。たかが人間だぞ」
「だが、あの方にとっても、大事なものだ」
「…あの方にとっては、只の駒に過ぎん」
「そう、駒だ。だが、大事なモノを守るための、欠けさせられないパーツの一つでもある」
黒猫は思案顔になった。
「…我らと同じ、という訳か…」
「運命に逆らう為にたまたまはめ込まれたピース、という点ではな」
「…」
「どうした?少しは、情が湧いたか?」
からかう様な、白猫の声。
「フン。やはり、ヒトは好きになれぬわ」
黒猫はごろりと横になった。
「ハンニバル!そこで爪を研ぐなと言ってるでしょう?」
「ニャー」
黒猫はこれ見よがしに、善行の目の前で爪を研ぐ。
「ぐるぐるぐる…」
白猫は喉を鳴らしながら、善行の歩行を邪魔するようにまとわりつく。
「君らね…」
やはり猫は好きになれない。
そんな事を思いながら、猫缶を切り、皿に餌をあける。
時折、彼等が見せる、探る様な目つきだけが、妙に心に引っかかっていた。
昔、「男」に聞いた、お伽話の様な世界を一瞬思ってから、善行は溜息をつく。
「やれやれ。これが『ねこがみさま』なら、お守りも厄介だな」
「ニャー」
「フゥッ!」
足下の二匹の目が険しくなった様な気がして、思わず彼等を見た。
「…まさかね」
またそんな、何気ない日々が、始まる。