ちょっとした喜劇   −Stop the Landing Ver.−
ちょっとした喜劇 −Stop the Landing Ver.−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2002-06-26 公開



 「さて…何と呼びますかね」
 双方寄り添って寝ている猫二匹の背中を眺めて、善行は独りごちた。
 連れてきた迄は良いものの、その後の事迄考えてなかったというのが順当な処である。

 黒の短毛種と白の長毛種。

 毛の割に細いのが白い方。
 鳴く声もひ弱で、ミルクも余り飲まなかったが、人懐っこく愛想もいい。
 抱く時に暴れて引っ掻いたのが黒い方。
 ミルクを出す迄は足にまとわりついてきたが、それ以後は人を見向きもしない。


 黒い方だけ、尻尾が割れている。


 「…流石に『猫又』は拙いな」
 善行はしばらく頬に手を当てて考えていたが、ふと、床に放置してある、読みかけの本に気が付いた。
 最近仕事にかまけてて、途中で放ってあるやつだ。
 「君主論はよく読み返すのですがね…」
 同じ作者の、別著作名を呟きながら拾い上げて、しおりの部分を開く。
 「有名処と言う事で、この辺りでいきますか」
 士官学校でローマ史は一通り習うので、内容は判っている。
 たまたま開いたページに載っていた、将軍の名前を選ぶ事にした。
 「黒い方がハンニバルで、白い方がスキピオ。これにしましょう」
 黒い方にカルタゴの将軍を当てたのは、我ながら安直な選択だ、と軽く笑った。



 「…気に入らぬ」
 「何を言っている」
 「実に安易だ。もう少し、頭を使えば良いものを」
 「つまらぬ事を」
 「我らの名だぞ!」
 「シッ。起きるぞ」

 それは、深夜の事。
 この部屋の主は、とっくに就寝中である。

 「良いではないか。ハンニバルとスキピオと言えば、ヒトとは言え、共に戦巧者で知られる英雄。悪くない」
 ゆったりと答えたのは、白い猫の方。
 「お前はブータニアス殿の子供だからな」
 苛々と答えたのは黒い猫。
 「ほう、それでは何か?『猫又』の方が良かったのか?」
 白猫は笑い含みに訊ねる。
 黒猫は流石に言葉につまった。

 時計の音だけが、響く。

 「…それにしても、知らぬ事とはいえ」
 「…」
 「我らの出自を知らぬのに、ちゃんとお前をカルタゴに、こちらをローマに割り振ってきたぞ?」
 黒猫は外を向いた。
 「…フン。偶然だ」
 白猫は、優雅に寝そべった。
 「アフリカの猫神であるお前に、ハンニバルか。流石に『介添人』は鋭いな」
 「お前はこいつの肩を持ち過ぎる。たかが人間だぞ」
 「だが、あの方にとっても、大事なものだ」
 「…あの方にとっては、只の駒に過ぎん」
 「そう、駒だ。だが、大事なモノを守るための、欠けさせられないパーツの一つでもある」

 黒猫は思案顔になった。

 「…我らと同じ、という訳か…」
 「運命に逆らう為にたまたまはめ込まれたピース、という点ではな」
 「…」
 「どうした?少しは、情が湧いたか?」
 からかう様な、白猫の声。
 「フン。やはり、ヒトは好きになれぬわ」
 黒猫はごろりと横になった。



 「ハンニバル!そこで爪を研ぐなと言ってるでしょう?」
 「ニャー」
 黒猫はこれ見よがしに、善行の目の前で爪を研ぐ。
 「ぐるぐるぐる…」
 白猫は喉を鳴らしながら、善行の歩行を邪魔するようにまとわりつく。
 「君らね…」


 やはり猫は好きになれない。


 そんな事を思いながら、猫缶を切り、皿に餌をあける。
 時折、彼等が見せる、探る様な目つきだけが、妙に心に引っかかっていた。
 昔、「男」に聞いた、お伽話の様な世界を一瞬思ってから、善行は溜息をつく。


 「やれやれ。これが『ねこがみさま』なら、お守りも厄介だな」


 「ニャー」
 「フゥッ!」
 足下の二匹の目が険しくなった様な気がして、思わず彼等を見た。

 「…まさかね」



 またそんな、何気ない日々が、始まる。

−終劇−


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