ホワイト・ドール  −Liar's_Love 3rd_Edition−
ホワイト・ドール −Liar's_Love 3rd_Edition−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
2002-06-02 公開



 あの方がお出でにならなくなって、もう、大分経つ。

 毎晩の様に、私を愛でて下さった、お優しい「白」の御方様。
 優美なあの方が、時折見せる刃物のような眼差しが、とても好きだったのに。
 くちさがない者達は、飽きられたのだと囀っていたけれど、御方様を一番判っているのはこの私だから、いつか必ず私の元にお戻りになるのだと、素直な子供のように、固く信じていた。

 そんな時、あの方に、出会った。

 城の奥深く、選ばれた者以外は入れないのだと教わった、その中庭で。
 あの方は、美しい青のオーラに包まれて、まっすぐ、立っておられた。
 こちらをまっすぐに見つめる青い瞳が、とても綺麗だった。

 「…『白』の寵姫、か」

 寵姫、という言葉はよく判らなかったけれど、私の事を指している事だけは判ったから、頷いて見せた。

 「人形の様だな」

 御方様とは違う、低く、ぶっきらぼうな物言い。
 今迄もそういった言葉を貰う事はあったので、いつも通り笑顔で会釈した。

 「有り難うございます」
 「勘違いするな。誉めたのではない。つまらぬ女だ、と言ったのだ」

 言葉の意味はよく判らなかったが、何故か、とても哀しかった。
 この方の言葉に、私へのとても冷たいものを感じたからだ。

 「何も考えず、ただ愛玩犬の様に媚びを売り尻尾を振るだけの、他者に依存する生き方か。他人に生殺与奪を握られて、何が楽しい?」

 彼は、あからさまに嘲りの表情を浮かべていた。
 それがとても、胸に痛い。

 「恩寵を得る為に、その持てる限りをつくすというのが愛玩物の意地、と言う程の者ならば敬意も払おうが、お前にはそんな矜持すらも感じられぬ。それでは飽きられ捨てられるのも道理だな」
 「道理…?」
 「我がこんな処に迄入り込めるというのが、全てを物語っている。お前は「白」に捨てられたのだ」



 捨てられた。



 その言葉だけが、私の心を深く突き刺した。
 今迄、噂で聞いても何も感じなかったその言葉が、このお方の口を通っただけで、胸にずっしりとのしかかってきた。

 ワタクシハ、シロノオカタサマニ、ステラレタ。
 モウ、モドッテハ、コナイ。

 我知らず、熱い涙がふきこぼれて来るのを、止める事は適わなかった。
 腰の力が抜けて、その場に座り込む。

 それでも彼は、表情一つ変える事無く、私を見下ろしていた。
 やがて、溜息一つ。
 「…つまらぬな。泣く程の事か」
 くるり、と踵を返す。
 「お前に思うところがあるのなら、又会う事もあろう。さらばだ」
 彼は姿を消した。




 御方様の寵愛を喪った事は私にとって、太陽を喪ったに等しかった。
 どんなに待ってもいらっしゃらないのだという事実は、私を容赦なく打ちのめし、故に私は次第に病んでいった。

 日が経つのが恐ろしくて、覚えたまじないを使い、周りの声を全て切り捨てた。
 御方様の姿を見たいが為に、夢煙草を吸う事を覚えた。
 夢に出てくる白の御方様はいつでも優しかったから、眠り草を焚く様になった。

 御方様に会えてさえいれば、私は何時でも幸せだったから。



 そうやって自分を欺き、病み疲れた頃、また、あの方にお会いした。

 彼は、部屋の隅に、幻覚のように、立っておられた。
 闇にあってなお、輝くような、青い瞳。

 「かつての美貌も、見る影がないな」

 相変わらずの口調が、ひどく心地良かった。
 それが嬉しくて、微笑んで見せた。

 「何を笑う」
 「お逢いできたのが、嬉しくて」
 「そうか」

 素っ気ない相槌が、とても優しく聞こえた。

 「ひとつ、提案がある」
 その背にうっすらと青い光が立ち上る。
 「このままありもしない幻想に囚われて、破滅の夢に朽ち果てるのと、絶望の傷から血を流したまま、全てを踏みしだいて微かな未来に立ち上がるのと−」
 青い炎を帯びたその目が、私を捉えた。
 「その、どちらかを選べ。前者を選ぶなら、このまま置いて行く。後者を選ぶなら、私と共に来い」



 突然、私は戦慄した。



 白の御方に続いて、この方までもが、私を捨てようとしている。

 嫌だ。

 いやだ。


 イヤダ−




 そんな夢は、見たくない。




 私は思わず、手を伸ばした。

 「よかろう。それでは連れて行ってやる」
 彼は嘲笑うような声を出した。
 「絶望のその果ての、ごくささやかな、掃溜に」





 降り立った大地には、何も無い様に思えた。
 私よりも弱く、儚げな人々が、私達の世界の武器に、翻弄されていた。

 「お前は此処で、私の娘を守れ。そうすれば、お前にも何かが見えてくるだろう」

 あの御方はそうおっしゃって、一人の少女の存在を示した。
 少女は世界で最も儚い存在だったが、儚い事を拒んだ生き物でもあった。
 どんなに小さくとも、背筋を伸ばし、戦う事を自らに課していた。



 私が初めて見る、戦うもの。



 そしてそれは、とても、あの方を思わせた。
 私の全てを掛けて、彼女を、守ろう。
 彼女を守り、彼女に気に入られるなら、きっと、あの方も誉めて下さる。


 「私には大事な約束がある。それを守るために、私は戦う事を選んだのだ」
 「それはとても、大事な事デスヨ、舞サン」

−Fin.−


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