「かーっ、訳わっからんわ!」
小隊隊長室で、祭が突然叫んだ。
シャープペンを机に投げ捨てた音に、善行が顔を上げる。
「どうしました?」
「どもこも無いです委員長。物資がどうにも足らへんのですわ」
大袈裟に溜息を付いてみせる祭に、善行は笑った。
「そこをどうにかするのが、貴女の手腕じゃありませんか、事務官?」
「それは、そうですけどぉ」
祭は軽くふくれたが、その内、息を吐いた。
「…わかってるんです。ウチも、どないすればいいかは」
投げ捨てたシャープペンを拾い上げて、唇の下にあてる。
「全部数字にすれば、正確な値が出せる。判断も間違わへん。そない考えると楽なんやけど、余り鬼言われる事もやりたないなあ思いましてん。この前もちょーっとキツイ事したったし」
「…冷蔵庫の節電の話ですか?」
士魂号の部品を入れておく冷蔵庫が切れていた、と素子が小隊隊長室にねじ込んできたのは先週の話である。祭が電気を切った事が判明し、「貴方の監視が行き届いていない」とお門違いの怒りと嫌味を言われた事は、しっかり善行の記憶に残っている。
「空っぽなの確認して、一寸電気切っただけやのに、整備中に怒られて。整備班長なんか鬼みたいやったですよ?たまらんわ」
善行は苦笑含みに応えた。
「それは、仕方ないでしょう。士魂号の部品はあれがないとイカレてしまうデリケートなものですから。何時入るとも判らない部品の為には電源を入れておかないと、来たは良いが仕舞えないでは意味がないですよ」
「…」
祭はむっつりとしたまま、ぐりぐりとシャープペンで顎を押している。
善行は笑顔のまま溜息をつくと、立ち上がって祭の側に来た。
「貸して下さい。そのままだと、跡が付きますよ?」
「あ…はぁ」
差し出された手に、祭はシャープペンを置いた。
受け取って善行は、卓上の帳簿を手に取る。
ざっと眺めて、くるり、とシャープペンを回してから、気になった数字を幾つか書き直した。
「随分器用な事、しはるんですねえ…」
「何の話です?」
「シャーペン回し。そういうの、一体何処で覚えてはるんですか」
善行は再び苦笑した。
「何見てるんですか…はい、どうぞ」
戻された帳簿をざっと眺めて、祭は感嘆の声を上げた。
「どれどれ…いやー、さっすが委員長や。巧い事まとめてはる。あーあーあー、こうすれば良いのんか…勉強になります」
「貴女程ではありませんけどね」
祭は帳簿から顔を上げた。
「委員長?」
「はい?」
「こういうのも、士官学校で、習たん?」
「いいえ。これは、実戦教育です」
善行は片目を閉じてみせた。
「もっと人手不足の貧乏な隊に、いた事もあるんですよ」
「へぇ…」
単純に感心する祭を見ながら、善行はこれを覚えた大陸戦の酷さを思い出して、内心軽く自嘲する。
と、不意に祭は、善行を見つめた。
「…そういう優しいとこ、もっと皆に見せたったらええのに。そしたらこんな嫌われへんで?」
善行は微笑した。
「良いんですよ。司令官は嫌われてこその商売ですから」
祭は、探るような目つきで彼を見た。
「…はーん…そんなんやから副委員長に嫌われたんやな?」
思わず、むせた。
「…な、何を言ってるんですか突然!」
「とぼけんかてお見通しやっちゅーの。祭ちゃんの情報網をなめたらあかんでー!」
「年上をからかうのは止めなさい!大体何で整備班長が出て来るんですか!」
「委員長、声大きい」
「…!」
少しだけ、妙な間が、空いた。
祭は、溜息をついて、優し気な眼差しを向ける。
「…全くもう、損な性格やな、委員長も」
善行は、苦笑して肩を竦めた。
「…貴女程では、ありませんけどね」