8.決意
友軍に激しい損害は出たものの、奇跡的に5121小隊は戦死者を一人も出さずに済んだ。戦果としても、結果的にドローに持ち込めた。ただ、士魂号とウォードレスは全損廃棄。予備機は単座が一機だけ、という有様で、整備兵達の嘆きも一入だったが、明日か明後日には全陳情が通って元通りになる筈である。その程度には、5121小隊は優遇されている。
「優遇、ね…」
戦後処理を終えた、夜の小隊隊長室で一人、善行は呟く。
戦争であることには代わりがない。戦車とウォードレスが揃うと言う事は、戦地に赴く回数が増える事であり、死ぬ確率が上がると言う事なのである。死に近い事が果たして「優遇」と呼べるのだろうか。
頭を振る。そんな下らない感傷は軍人になると決まった時に捨てた筈だ。自分たちはこの為に生まれてきた世代なのだから。まして、此処は準竜師の私兵で遊軍部隊であり、自分は司令だ。効率よく死者を作って、より多くの生者を残すよう、腐心しなければならない立場でもある。だが、そんな事では割り切れない思いが、胸に湧いているのも事実だった。
(…判っている)
その思いに応える術を自分は心得ている。立場もだ。そして、それこそが、彼の生かされた最大の理由。
「判っているとも!」
低く叫んで、思わず机を叩く。煩悶。決めかねている理由も判っている。
「…だが…」
「どうした」
快活な声。
見上げると、そこに、絆創膏にまみれた舞が居た。
咄嗟に、眼鏡を押し上げて、表情を鎧う。彼女にだけは気付かれたくなかった。
「…名誉の負傷ですか?」
こういう時の女は聡い。善行は、殊更におどけた声を出してみせた。
「まあな。私はよいといったのだが、萌が、離してくれなくてな」
「久遠でミノタウロスを撃破したそうですね」
「ああ。速水が目をむいていた。あれは見物だったな」
楽しそうに笑う。いたずらっ子の笑いだ。
「スカウトというのもなかなか面白い。異動陳情でもするか」
背筋が凍る。
思わず、立ち上がって彼女の腕を掴んだ。
「−やめて下さい」
口調が鋭くなる。
とても、冗談に流せなかった。
蘇る、戦闘時の記憶。
自分の全てを変えてしまった、大陸での記憶が、蘇ってしまった瞬間。
あの屍の群に舞が加わる、と思ったら、居ても立っても居られなかった。
そのまま抱きしめる。こんなにも華奢な身体だ、というのを思い知る。
愛しさが募る。
「ばばばば馬鹿!は、離せ!突然こんな」
真っ赤になった舞が暴れるのも構わず、善行はじっと彼女の体温を感じていた。
生きている、匂いだ。
「…すみません…貴女が速水君と共に、この小隊のエースだというのは判っているのです。事実、そうやって貴女達をアテにして、私は戦いを組み立てている。けれど…今、私は貴女に死んで欲しくない」
舞の、動きが止まった。
「…何を言う」
善行は、顔を、舞の肩にうずめた。
「許されない、身勝手な、言葉ですけどね…」
「−私は、死なぬ」
力強い声。
「皆の思いが我らを生かす。その思いに応えて、我らは戦う。違うか?それに、今出来る事を放棄するのは、卑怯者のする事だ」
その手がぎこちなく、ゆっくりと、善行の背中に触れた。
「私は生きるために、この道を選んだのだ。簡単に死んだりはせぬ」
手のぬくもりが心地良い。
「だから…その、とにかく…心配するな…」
最後の言葉は、優しかった。
その優しさが、男の決意を、固めさせた。
抱く手に力を込める。きっとこれが、最初で最後だ。
「…どうした?」
怪訝そうな声。
「…有り難う…貴女は、大事な事を思い出させてくれましたよ…」
ささやかな、真実。
あの絶望の中、生きる事を決めた、その理由。
口元に、小さく笑みを浮かべる。
(…貴女の事は忘れません。それで、勘弁して下さい…舞)
心の中でだけ、応える。いつかこの思いが、届くことを信じて。