7.現実
指揮車内を緊張した声がいくつも響き渡る。
「壬生屋機撃墜!士魂号、脱出!」
「こちらが近い。壬生屋さんを拾います。指揮車再度前進。ジャミング支援継続」
「岩田機被弾!機体評価Cランク移行!命中率低下!」
「スカウト両名に岩田機援護を指示。曲射援護再要請」
「了解!スカウト両名はレールガンで岩田機の援護を!」
明け方に始まった戦闘は、殊の外、激戦となった。
遮蔽物の多い市街地だったので、有利に展開できるものと思われたが、幻獣勢力は此処ぞとばかりに空中戦向けの幻獣を大量投入してきたのである。その上どうした事か、士魂号複座型が最初の突撃で、操作判断を誤ったらしく、肝心の遮蔽物に引っかかって動けないという信じがたいミスを犯し、出遅れた。出遅れた分、戦術変更を余儀なくされ、現状辛うじて5121小隊は全員無事だが、その分友軍機に甚大な被害が出ていた。
「友軍機撃墜!パイロット脱出絶望!」
「岩田機撃墜!脱出します!」
「スカウト両名には命令続行を指示。速水機の現在位置は」
「ポイント2015にて現在スキュラと交戦中!間もなくスモーク効果切れます!」
「曲射支援要請続行」
「了解!」
5121小隊でたった一機残った士魂号複座型は、現在スキュラとの格闘を続けていた。遅れた分、幻獣を多く集められたので、ミサイルでそれなりの撃墜数を稼いだのだが、ぎりぎり掃討戦に持ち込めず、かえって敵の増援を招いた。状況を逆転するには、予備ミサイル弾倉の装填を行って、再度幻獣をミサイルの餌食にしなければならない。だが、出だしでつまづいた分が響いて、スモーク効果を大きく無駄にしたのが痛い。オペレータに叫ばれる迄もなく、間もなく切れる事には気づいている。スモーク弾の予備は持っているが、発動が遅い。こんな近くにスキュラが居たら、ぶっ放す前にこっちが撃墜である。その上今や戦車よりウォードレス姿の方が明らかに多くなっている。責任の面においても、戦友達を守り切らねばならない。先ずはスモークが切れる前にとどめを刺しきって、よりましな状況へ導く必要がある。
「!」
相手の攻撃を飛び越えて、背後から超硬度大太刀で突き掛かる。壬生屋の様に切りつけることは出来ないが、現在の戦闘力なら突くだけで充分威力がある。突きまくって、渾身の一撃。ついにスキュラを屠る。
「速水機、スキュラ撃墜!」
ののみの声が多目的結晶を通じて二人に届く。
返す刀で近くのキメラを刺そうとして、突き損なう。確かに刺し貫いた筈なのに、角度が甘かったらしい。撃墜までにはダメージが至らなかった。
スモーク効果が切れた!
「ちっ!」
早速ビーム攻撃を至近で食らう。弱ってるとはいえ、流石にダメージが大きい。
士魂号の真っ白な人工血液が、漆黒の機体を染め上げる。
「うわああああ!」
もう一撃かまして、キメラをかろうじて撃破。だが、戦場にはまだ、仲間が残っていた。壬生屋などは戦法が禍いして、まだ指揮車までも戻れていない。士魂号が動く内は、撤退する訳には行かなかった。
とりあえず、近くの遮蔽物に飛んで隠れて、ミサイルを再装填する。応急処置は補給車に戻らなければ叶わない。ささやかな慰めは、人工筋肉の自己収縮によって人工血液の噴出量が下がっている事位か。それでも、さっきの被弾で大分失血したらしい。動きが相当に重くなっている。複座型はそれでも筋肉だけに供給するシステムだから、何とか動くが、単座型ではとっとと補助脳がイカレて、バランス制御がふっ飛んでるところである。スモークを発動させるとして、何処まで持たせられるか。相手の陣内に入り込み過ぎたら、撃墜された時に痛い。見極め時だった。
「速水機被弾!運動力・命中率評価Cランク移行!」
瀬戸口の報に、善行は一瞬肝を冷やした。複座型には舞が乗っている。速水と舞、二人の能力がどれ程高いかはよく知っていたし、そうと判っているからこそ、今までも複座型を中心に据えた戦術を採ってきたし、更に言えば判断自体もある程度彼らに任せていた。だが、立場が変わるとこうも気に掛かるものか。素子は整備兵だが補給車で一緒に前線に立つ。萌は衛生兵だが指揮車銃手業務を担っていて今も一緒にこの中にいる。一発食らえばどちらも一巻の終わりには違いないが、共に完全な最前線には立たないから、パイロットである舞とは格段に危険度も異なる。戦車兵はスカウトと同じく死と隣り合わせの仕事だと、今更ながらに思い知らされた。
とはいえ、そんな事はおくびにも出さないのが司令という商売である。表面はさあらぬ体で、指示を出し続ける。
「ジャミング継続。岩田君、壬生屋さん両名の動向は」
「岩田撤退完了。補給車に収容済。壬生屋、完全撤退まであと500m」
「遅れてますね…仕方ない。スカウト両名を壬生屋さんの援護に」
「了解」
「速水機は」
「…幻獣陣営内、移動中。かなり入り込んでる」
「ミサイル、もう一発、撃つつもりですか…損傷度は」
「能力評価は半分以下に落ち込んでるな…呼び戻すか?」
瀬戸口が気遣わしげな顔を向けた。
小隊内にはとっくに知れ渡ってる関係である。
「いえ。勝算がない戦いはしない二人ですし。任せましょう」
「はぁ…」
「状況把握を続けて下さい」
瀬戸口は、とりつくしまもない反応に、小さく呟く。
「坊やはともかく、あのお嬢さんはどうだかわからんと思うぞ…」
一方、士魂号複座型は2発目のスモークを何とか発動させ、被弾せずに幻獣陣営の大分中にまで入り込む事に成功した。後はなるべく多くの幻獣を集めて、殲滅するだけである。
「…歌うなよ」
多目的結晶を通じて舞の声が低く入り込む。
「−ガンパレード・マーチ?」
歌うように速水が応える。
「そうだ」
「…僕としては、歌いたい気分なんだけどね」
「そうだと思ったから、止めた」
「叫んでる方がいい?−君は僕の悲鳴を嫌がってたと思ったけど」
「…まだ、歌うような状況じゃないだろう」
「そうかな」
手近な遮蔽物に身を潜める。
「此処でミノすけあたりに殴られたら、一巻の終わりだよ」
「何のためのウォードレスとカトラスだ。そのアサルトは飾りではあるまい」
士魂号の気配を求めて、幻獣達が集まってくる。
「飾りだよ。僕にはね」
「だからお前は鍛えが足りぬといつも言っているではないか」
「…君は、残酷だね」
「何?」
ドッ…ゥンッ!!
激しい衝撃が士魂号を襲った。
答えを聞く間もなかった。
「速水機撃墜!パイロット脱出します!」
善行は思わず手を握りしめた。長年の訓練の賜物で、表情こそ変わらないが、ウォードレスの中は冷汗にまみれている。
「壬生屋さんは」
「…撤退完了!」
「若宮君・来須君両名に、速水君・芝村さんの撤退援護を指示。彼らが戻り次第、こちらも急ぎ撤退を行う。総員準備」
「了解」
友軍には申し訳ないが、こんな状態で準竜師に殿など頼まれたら、目も当てられない。
何より、舞が。
(何を動揺している…)
微かに手が震えてるのを自覚していた。身体は心と違って正直だ。嘘で沈めた絶望の記憶を、明確に描く。物言わぬ、沢山の屍。忍び寄る、恐怖の気配。
手を再び強く握りしめる。
「芝村、ミノタウロス撃墜!」
「!」
白兵で撃破したというのか。
思わず瀬戸口とののみを見てしまう。
パネルを見ながら、やれやれこれだから芝村は、といった風情の瀬戸口。
ののみはこちらに気がついて、「大丈夫なのよ」という風に、にっこり笑った。
世界を一撃で幸せにするその笑顔に、妙に安心した。
その時。
「曲射砲援護、入ります!」
「有り難い。撤退準備、急げ!」
「了解!」
「…速水・芝村、撤退完了!スカウト両名も間もなく指揮車に収容します!」
間に合った。一気に、肩の力が抜けた。
「よし!収容次第撤退する!総員配置!」
「了解!」