血染めのソックスハンター
 −RedSox-Winners_Request−
血染めのソックスハンター −RedSox-Winners_Request−
「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より 
2005-02-11 祭り#3 公開
2005-03-06 サイト内 公開



 「…悪い事は、言わん。あれを狩るのだけは、やめた方が、良い」


 裏マーケットの主は、眉間に皺を寄せたまま、低い声で答えた。
 薄暗い、じめついた、地下の一室。


 「バズーカに撃たれ、ビルから落ちても平気なソックスハンター達が何人も、その呪いに還らぬ者となっている。これ以上、あたら有能なハンターを失うのは、惜しい」


 男は笑った。


 「そこに靴下があるのなら、万難を排してでも不可能を可能にするのが我らの定めよ。魅入られし者に逃げ道などない」


 おやじは大きく溜息をついた。


 「…残念だ。業よな」




 資料館の一室に無造作に展示されているその靴下は、伝説の赤き靴下、と呼ばれていた。
 沢山の兵士の血を吸ったが為に赤く染まったとも、それを付けていた誰かが思う処あって赤く染めたとも、言われているが、そのいわれは定かでは、無い。ただ、もう何年も、その資料館に展示されていた。


 そしてそれこそが、ハンター協会が、何十年も前から狙い続けてきた、幻の逸品の、ひとつ。


 履いている−使われているものを狩るのが本来の仕儀であるソックスハンターが、何故これを執拗に狙い、更に手に入れられずにいるのかは、今以って定かならずなのだが、一つだけ伝わっている事がある。
 かつてこの靴下を狩ろうとした者達が、こぞって返り討ちにあっている−と。


 勇名を轟かせた凄腕の歴代ハンター達が、この何て事のない資料館に忍び込んでは、二度と戻って来ない。辛うじて戻ってきたハンターも、そこで何が起きたのかすら話せない有様だという。



 故に又の名を、呪いのレッド・ソックス。



 「フフフ…だからこそ、魂が燃えるといいますか」
 ひらり、と体重を感じさせない軽やかさで、岩田が敷地に舞い降りる。
 「そそられますよねえ…どうです?タイガァ」
 「…呆れた無防備ですね、これは」
 岩田の言葉を丁重に無視して遠坂は呟いた。
 「これではハンター以前にセキュリティチェックに問題があるのでは…」
 「盗まれる様なもののある場所では、ないって事だろうよ」
 「バトラー…」
 ソックス・バトラー−中村光弘は、暗闇に目を凝らす。
 「戦時中の戦争資料館なんて、高揚以外の目的には用無しって事ですねぃ」
 「大したもののある建物でもないしな」
 「何か…慣れませんね」
 「何がです、タイガァ?フフフ、これは泥棒ではないのです!高貴で、崇高な、戦いなのですよ?」
 「…いえ…その、中村君の言葉が」
 中村は不敵に笑ったが、何も言わない。
 「ノォォォ!いけませんねタイガァ!コードネームで呼び合ってる私達に、それは御法度です!」
 「バット。声を絞れ」
 ふふん、と笑って身体をくねり、と不自然に動かす岩田。
 「…フロアは一階でしたっけ」
 間を取り持つ様に、遠坂が呟いた。
 「ああ」



 すんなりと侵入出来た資料館の、一階の奥のフロアにそれは、鎮座していた。
 簡単にプラ板で囲われた台の上に置かれた、夜目にも赤い、くたびれたスカーレット・レッドのハイソックス。
 「おお…」
 感嘆にも似た賞賛の溜息が、それぞれ三様に、漏れた。
 「戦場で血を吸ったか、何かの誓いか。その曰くいわれは既に失われて久しいが、ただ協会にのみ、その存在を神々しく残す、赤き靴下よ」
 「…詩人だな、バット」
 「時に物は何よりも雄弁に語るものですよ、バトラー」
 にやり、と笑って。
 「これは、私が頂きます」
 「何!」
 言うなりトン、とステップを踏んで、展示囲いの中に岩田が飛びあがった。
 「何時だってハンターは孤高なものです。その崇高なるが趣味の故に」
 「待て!」


 手を伸ばした刹那−


 ずしん、と低い音がして、
 岩田の身体が、



 動きを止めた。



 「?!」
 「バット?!」


 「…フフフ」
 「?!」
 「成程…レッド・ソックスの名は伊達じゃない」
 その白い上着を急激に染める、赤い、染み。
 「一体何人の…ハンターの、血を吸って、そんなに…赤いんですか?」
 身体がぐらり、と揺れて。
 「…しくじりましたよ」



 言うなり岩田の伸ばした腕が姿を消して、赤黒い半身のままの身体は倒れ込む。



 「バ…バッ−うわ!」
 岩田に駆け寄った遠坂が顔を押さえてしゃがみこむ。
 その手が更に朱に染まっていく。


 「な…!」


 言葉同様ハンターモードの時は流血恐怖が発症しない事を安堵しつつ、中村は頭を巡らせた。どういう類の物かは判らないが、その『呪い』こそが、最大のセキュリティとなっている。なるほど、防御が薄い訳だ。
 ならば、『呪い』に掛からぬこの距離からの捕獲を考えなければならない。


 「呪い、か…」


 『呪い』を発動させず、触れず近付かずに狩るには−
 その時脳裏に閃くものがあって、中村は制服のポケットを探った。
 「…よし」
 先日、クッキーのお礼に貰った、東原のリボンと壬生屋の札。
 これならば、役に立ちそうだ。


 ひとまずリボンを半分に裂いて長さを伸ばす。
 更に足りなそうなので、武器に使ってる邪道ストッキングを結び付けて。
 そしてリボンの末端に札を括り付けて、完了。


 「バトラー…」


 呻く岩田を一瞥して。
 「待ってろ。これを片付けたら、手当ても病院も何とかしてやる」
 ストッキングの末端を握りしめ、気付けに秘蔵のコレクションの匂いを嗅ぐ。
 がくがく来る様な刺激に俺はまだ大丈夫だと、笑って。


 「行くぞ、レッド・ソックス!」



 ひゅん!



 札の付いたリボンが、くるり、と綺麗に巻き付いて、一足の靴下を抑え込んだ。
 「よし」
 先ずは、掴めた。
 後は、距離を保つ位置で−



 そう、思った刹那。



 火の様な痛みが、腹を、襲った。



 「!」
 一拍置いて、ばちん、と変な音が、下腹から、聞こえた。
 同時にがくん、と視界が下がって地面が急接近してくる。
 「な!」
 膝は付けた筈、だったのに、そんなクッションも無く頭は地べたに激突していた。


 その視界の先に、赤とピンク色の塊が、ぼんやりと、見える。


 広がる塊が、己の腹からだ、と気付いた瞬間に、でんぐりがえるような痛みが脳髄を打った。
 「が、はああ…っ!」
 気が遠くなって、眼前が暗くなった、一瞬。



 「…やれやれ…ソックス・ハンターという人種は、どうしてこう、度し難いんでしょうかねえ…」



 遠く潮騒の様に、ぼんやりと、聞こえた声。
 (誰だ…?)
 「こんなものが良いと言うのだから…」
 続く言葉の方向に、顔を向ける。
 暗がりで−或いは、朦朧とした意識の所為で顔は、見えない。
 ただ、その手に、



 (あれを、持っている−?!)



 呪いと言われたあの、レッド・ソックスを無造作に摘まんでいる。
 「…こんなものに、命掛けられても、困るんですけどね…」
 ぴら、と振ったりして。



 でも、何も、起きない。



 「このまま放っておきたい気もするんですが、そうなると色々と不都合ですから」
 こいつは何者なんだ。
 随分と短い上衣から、不似合いな程ごつい足が見えている−男。
 そして自分はこの男を知っている−と中村は思った。
 「ののみさんのリボンを使う処迄は合っています」
 また、ぴら、と振った。
 「ですが、これを手に入れるには、貴方方が多分一生言えないであろう呪文が必要なんですよ」
 す、と持ち上げて、反対の手に、何かを取り出す。
 「骨の髄迄これに冒されてる貴方方が、これ一足の為にそれを言えるかどうか、ですがね」


 鈍く光るそれがライターだと気が付いたのは、



 「そんな面倒な代物は、消すに限る」


 その男が、靴下に火を、付けた瞬間だった。



 「な…何を…っ!」
 「靴、下が、も…燃え、燃えももも」
 「うわああ」
 一気に正気に返るハンター達を後目に男は、溜息をついたままその手の中で完全に火を回らせた。
 物は人工繊維なのか、小さく黒く縮んでいく。
 「やれやれ…こんなものひとつで、此処らへんを不安定にしないで欲しいですよ。こんな傍迷惑な物を作って…何が『呪い』なんだか」
 這いずる三人をよそに靴下は、簡単に消えた。
 「ノッノォォォォ!」
 「あああああ」
 「自分の身体より大事ですか…やはり、度し難い」


 完全にレッド・ソックスが手元から失われたのを確認してから、男はくるり、と踵を返した。
 「これでこの辺りはソックスハンター時空に戻ります。そうなれば、傷もすぐ癒えて、元通りバズーカでも死なない貴方方に復活ですよ。半端にゲートを開くなんていう、『呪い』は解けてますから」
 何の事を言ってるのか判らずに居ると、岩田の声が聞こえた。
 「な…んですと…?!」
 それに、驚愕があった。
 「ハンターで渡った馬鹿がいたんでしょうね。もしくは研究者が居たか。何れにしても、邪魔な代物ですよ。さて、もうすぐ貴方達も傷が癒える。その前に、退散しますかね」



 ひらり。



 中村の、最後の目の端に残ったのは、ピンク色のスカートと、灰色の靴下、そして闇に沈む色眼鏡−だった。
 聴き覚えのある声以上に、印象的な、行動。



 「まさか…な」



−「コードネームはソックス・ハーレム」外伝より



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