灯り一つ無い、営倉の、中。
一人の男が、拘束されて、転がされている。
男は見るともなく、壁のシミを眺めていた。
ガシャン。
錆び付いた音がして、たった一つしかない扉が開く。
のっそりと、横に大きな体が、入ってきた。
「…気分はどうかね」
相変わらず、尊大な、声。
男は闖入者を見る事もなく、呟く。
「別に、いつもと変わりませんよ」
「フン…相変わらずだな」
太った男は、男の側に寄った。
そして、男を無造作に、蹴飛ばす。
「っ!」
「いい加減体力も尽きてるんじゃないのか?」
「…そうですね。そろそろ解放して頂きたい処です」
太った男は面白そうに笑った。
「貴様が、簡単な取引に応じれば済む事だが?」
「あいにくと…それに応えたくないから、困ってますよ」
拘束された男は肩を竦めて溜息を付いた。
「何でそんなものが欲しいんですか?」
太った男−芝村勝吏は、顔を歪めて笑う。
「トップシークレットだ。世界には、貴様如きが知らなくても良い事が、
沢山あるのだよ」
転がされてる方も口を歪めて笑みを浮かべる。
「たかだか一対の、こんな布切れが?」
目線の先に、汚れた靴下を履いた足先。
「『それ』は深遠なものだよ。そして甘美だ。それは、世界の理を示す」
勝吏がうっとりとした目を漂わせる。
「凡人には、図り知れぬものよ」
男が溜息をつく。
「知りたくもありませんよ。それより早くこれを解いて下さい。戦況が
そろそろ気になります」
「相変わらず減らぬ口だな。心配なら、とっととそれを寄越せば良いのだ。
そうすれば解放してやる」
「記憶を弄って、ですか?それこそ御免です」
勝吏の足が再び男を蹴る。
「ぐ!」
そのまま男の顔を、ぐいと引っ張って近づけた。
「何か勘違いしていないかね?その気になれば貴様を消す事など容易いのだよ」
男の口元から、一筋の血が流れる。
「そんな、脅しには…屈しませんよ…?」
「強気だな」
忌々しそうに呟く勝吏を、男は鼻で笑った。
「勿論です。これは『狩猟者の道義に悖る手段』ってやつじゃないですか?」
「何?!」
勝吏はぎょっとした顔を向けた。
男の表情は、変わらない。
「…理由を、知りたいですか?」
ブシッ。
鋭い音がして、縄が緩む。
「!」
それと同時に勝吏は床に押さえつけられた。
「き、貴様…っ!」
「この程度の拘束で体力が落ちる様では、戦闘など出来ませんよ」
背後から男の勝ち誇った様な声がする。
「たまには被害者になるのも面白そうだと思って付き合いましたけど、
これ以上小隊を留守にする訳にもいきませんので、失礼させて頂きます。
御希望のソックスは置いていきますから、取引にでも賞品にでも御自由に」
「な…んだと?」
「ターゲットにそれと知られる事無く狩るのがハンターの衿持だったと
思いましたがね。引退された身とは言え、こんな手段を使うなど、ハンターの
世界も地に堕ちたものです」
勝吏は動揺した。
(何故この男はこんな事を知って居る?)
この男がこの世界に関わりがあるとはついぞ聞いた事がなかった。
だが、現実はどうだ。
「貴方の仕儀が協会にバレれば、大変な事になるでしょうね。大丈夫、
黙っていてあげますよ」
楽しそうな声。
「それに私も、些かまずい身の上でしてね。此処はひとつ、バーターと
いう事で☆」
その台詞が終わった刹那。
にわかに重みが消えて、勝吏は素早く跳ねた。
「…何処だ?」
既に男の姿は無く、ただ、扉が開いているのみ。
外の見張りは瞬殺だった。
「一体…何者…」
呟いたその時。
「勝吏様」
氷のような声音に、背筋が凍る。
ゆっくりと、声のした方に、顔を向ける。
「や、やはり更紗ー!!!!」
「まだ止めてなかったのかーっっっっ!!!!!」
「ごめんなさーいっっ!!!」
追記:
(そうだ…)
かすれゆく意識の中で、勝吏は思い出していた。
自分の現役時代に聞いた、ある伝説を。
かつて、ハンター史上における脅威的な記録を打ち出した者が関東に居た。
全ての記録を塗りかえるその妙技は、芸術的とも言われ、ターゲットにそれと
気づかせず手品の様にソックスを狩ると言う噂だった。
だが、その者は、突然「興味を失った」と言い放ち、敵側に寝返った。
敵−すなわち風紀委員会である。
仕事にいそしむ折、注射器を武器とし、特異な格好をするという評判だった、裏切者。
自らの靴下をも協会を惹き付ける道具にした事から、そのコードネームが付いたと
言われている。
(あれがまさか…ハーレム…だと?!)
結論付ける前に、勝吏は気を失っていた−
−「コードネームはソックスハーレム」外伝(笑)
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