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2005-08-08 作成

忠孝君ばーすで、ですが…時間足らずで一寸アレな絵に…

実は元絵は欠損善萌だ(笑)




「もうひとつのGood-luck」

 布団に座ったまま、窓から降り落ちる、微かな光を見上げる。

 月の無い夜空に、一筋の、光。

 ながれぼし。


 少しの肌寒さが、目的を思い出させた。
 萌は、素肌に上掛けを引っ掛けただけの姿で、のろのろと立ち上がる。


 もぬけの空の隣を探すべく、広い、官舎を歩き出す。
 ずるずると、上掛けを引きずって。


 戦争が終わって、政府が彼に寄越したものの中でも、
この建物は相当に持て余す類のものだった。
 戦時中一緒に住んでいた家令は出ていってしまったし、
ニ匹の猫神は行方知れずになっていたから、
代わりに彼女が呼ばれたのだけど。


 二人で住んでもまだ余る、沢山の部屋。
 二人とも、あんまりものを持たないから。


 それでも少しずつ増やしている蔵書の部屋を覗き、
やっぱり居ないと思った処で、
 萌は、嗅ぎ慣れた匂いを、掴まえた。


 よく彼が、隠れて吸っていた、煙草の匂い。


 香りを頼りに辿り付いた部屋の、
半開きの扉の向こうにある、窓に、
 善行が裸のまま、
腰掛けて、空を見上げていた。


 その手にある煙草の、長く伸びた灰から、
微かに白煙が立ち昇って、居る。


 「…間に合いませんでしたね」

 萌を見ると、静かに笑って、灰皿に、灰を落とす。

 「一本吸ったら、戻るつもりだったんですが…」

 そのままくわえた煙草の小さな火が、明るくなって。

 「…こんなに気配の無い家では、そうも行きませんか」

 ふう、と煙が吐き出されて、周囲に馴染みの香りが、漂う。

 「…」

 萌は、煙と一緒にたゆたうものの正体が
気になって、そのまま善行に近付いた。
 そして、すとん、と、向かい合うように、彼の側に座る。

 「…そうやって、歩いてたんですか?」

 萌は、こくり、と頷く。
 善行は小さく笑った。

 「貴女は肌が白いから、そうやってると、この世のものに見えませんね」

 「…」

 「…そうやって、必ず、帰ってきてくれたら、良いのに」

 再び目を、空に上げて。

 「あいにくと、僕には、そういうものが見えないと来ている」

 また、煙草をくわえて、小さく煙を、吐く。

 「だからこうやって、想いを馳せるしか、出来ない」

 空に幾つもの、ながれぼし。

 「只の、自然現象でしかない、あんなものに」

 夜空を切る様に、走る光。

 「…所詮は、自己満足か」

 萌は、腰掛ける善行の腿に、己の頭をこちん、と付けた。

 「…」

 そのまま、男の顔を見上げる。
 何かを懐かしむ様な、
 何かを悔いる様な、
 そして、


 遠く、恋しがる様な、そんな、まなざし。


 伝わる気持ちが切なくて、萌は、きゅ、と頭をすり付けた。

 「…慰めて、くれるんですか?」

 大きな手がそっと、彼女の髪を撫でた。

 「僕は、大丈夫ですから」

 ふわ、と香る、煙草の匂い。

 夜だというのに、止む事無く、響き渡る、蝉の声。

 目の先に、大きな尾を引く、流れ星。
 それは青く、何処までも長く。

 「…!」


 一瞬、全ての音が消えた−気がした。


 馴染みの魂音が響いた気がして、萌は、思わず腰を浮かした。
 善行の撫でる手は、止まない。

 「…」

 訊ねたかった。
 でも、訊ね、られない。
 そんな、穏やかな、顔をされては。
 そんな、裏腹な、思いを振りまかれては。

 私には聴こえるのに。
 聴こえると、判ってるくせに。
 判ってて、聴かせた。


 だから−訊けない。


 「…さて」

 煙草を丁寧に消して、善行は立ち上がった。
 そのまま萌の側にしゃがみこむと、

 「わざわざ探しに来てくれた御礼に」

 「!」

 微笑して、萌を抱き上げた。
 思わず上掛けを握り締める様に抱いた萌の、
その頬に口付けてくる。

 「−…」

 素早い囁きに苦笑してから、

 萌は、

 上掛けを持つ手を離して、善行に両腕を差し伸べた。




「X−Day・2」

 「私は、まずいでしょう」

 善行は笑いながら首を振った。

 「どうせなら貴方がなればいい。いや、芝村の中に幾らでも
子飼いが居るでしょう。そちらを操る方が簡単な筈ですよ?」

 眼鏡を中指で押し上げて。

 「諦めて頂けませんか?…『青』」

 「貴方が一番の適任だ、と舞が言うんだ」

 ゆっくりと、『英雄』が立ち上がる。

 「確かに僕も、そう思う」

 その、魔性の笑みを浮かべたまま。

 「そもそも僕は、貴方を真似して此処迄になった。だから、
お手本である貴方が一番、お誂え向きだと思ってる」

 善行は苦笑した。

 「私は軍人ですよ」

 『英雄』の顔に嘲笑が閃く。

 「下らないシビリアン・コントロールの建前は捨てた方が良い。
衆愚政治になってはかなわないよ」

 戦争が終わった以上、実践的な幕僚は要らないしね、と歌う様に呟いて。

 「だから、私ですか?」

 「そうだよ。僕の思いを体現し、
言わずとも大勢を動かせる、
そういう政治家が欲しいんだ」

 善行の表情が、消える。

 「…お伽話の舞台裏を、仕切って見せろ、という訳ですか」

 「少なくとも、僕よりは、手馴れてるんじゃないのかい?」

 青い瞳に踊る、あどけない、無邪気な笑顔。
 それを受けて、眼鏡が、鈍く光る。



 「確かに…大人の仕事は、『HERO』には不向きですね」




…こんな処で御勘弁を。

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