replace. − false eye dream for comrade − replace. − false eye dream for comrade − 「高機動幻想ガンパレード・マーチ」(アルファ・システム)より
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2005-03-03 祭り#3 公開 2005-03-06 当サイト 公開 |
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その遺体は、この時世にしては珍しいくらい、きれいだった。 本来なら適当に回収されて棺に入れられ、識別票を元にそれぞれの部隊へ送られる処が、簡素とはいえ御丁寧に個室に安置され、自分が呼ばれたのは、彼の地位ゆえだけではあるまい。 死亡を確認するのも、衛生官の仕事のひとつだった。 その肌には色が無く、明らかに生気が感じられなくなって久しいとしても、形式だけでも死の証明を下すのが、このような遺体に対する、人々の礼儀だった。 傍らに置いた救急箱から、ペンライトを取り出す。 トレードマークだった眼鏡は戦場で吹き飛ばされたのか、ここには存在しない。その奥に隠れて普段は目立たなかった厚めの瞼を、形式的な仕草でこじ開ける。 白く濁った瞳孔は、当てる光にもまったく反応を示さない。 瞼を閉じて、もう片方に手をかけた時、その硬質な手触りが指に響いた。 こっちの眼はね、義眼なんですよ。 聞きたくもないのに、聞かされていた。 瞼を広げると、その奥の硬質なガラスが、ペンライトの光を冷たく反射する。 義眼だという事を知っているのは、たぶん自分だけだったと思う。 だからどうという訳でもなく、聞き流していた。相手も、それで満足らしかった。 光が当たっても、収縮する事のない瞳孔。生きていようが死んでいようが変わらない。 眩しいくらいの白の中に、人工的に描かれたブラウンの光彩が、まるで宝石のように輝いて。 なんだかとても、綺麗だと思った。 気が付くと、その瞳に触れていた。 表面を撫でるように球面に沿って指を滑らせると、義眼と、瞼の隙間に爪を潜り込ませる。 軽く、力を込めるだけで、指先はいとも容易く眼窩に潜り込み、掬うように指を曲げると、義眼は簡単に掌の中に転がり落ちた。 そっと、包むように持ち上げた義眼は、相変わらずブラウンの瞳をこちらに向けていた。 いちばん嫌いな、視線だった。 労るような、見守るような、それでいてその奥で何かを求めているのがありありの、視線。 主が死んでもなお、その思いが漂ってくるようで、ぎゅ、と右手で握りつぶすように力を込めても、ガラスの感触は掌を強く押し返す。 左手で、自分の左眼に触れた。 慣れた手つきで瞳の両脇を押すと、ころん、と偽の眼球が転がり出た。 かつて現実に耐えかねて自分の左眼を突いた。その時以来、左眼が義眼になっている事は誰も知らない。彼は知っていたのかもしれないが、自分から言うことは決してなかった。 暗い緑色の義眼をポケットに仕舞って、代わりに右手に持っていた義眼を入れる。 自分でも何故そうしたのか解らない。 たぶん、あまりにも綺麗だったからだと思う。 * * * 葬儀場は、悲しみの涙と嗚咽に溢れていた。 最後に棺が開けられた時、その悲しみは更に勢いを増したように思えた。 この期に及んでも涙すら出てこない自分は、周囲からどう見られているのだろう。どのみち瞳の色が違う事にも気づかれない位だから、誰も気にも留めていないに違いない。 自分の献花の番になって、改めてその顔に向き合った。 固く閉じられた両瞼は、その片方に眼球が無いことなど誰にも判らない。 もう二度と、その瞳が自分に向けられる事はない。いちばん嫌いだった、その視線。 それでも、自分を見てくれたのは、その瞳だけだった。 花に囲まれたその遺体に、更に白い菊を捧げながら、掌に隠し持った緑の義眼を、そっと棺に落とす。 死者を送るどんな花よりも、それが一番、彼に相応しい贈り物である気がした。 左の眼の奥が少し痛んだけれど、やっぱり涙は出てこない。 end. |