その瞳が、嫌いだった。
いつでも優しさを装って、その癖一歩離れた遠くから、労るような、憐れむような、視線を送ってくるのが堪らなく嫌だった。
自分の事をやたらと気にかけて、自分に降りかかる不幸は全て追い払ってやる、と言わんばかりに正義漢ぶって、それなのに、二人きりになると急に弱さを見せて甘えてくる様子も気に入らなかった。
何よりも、その瞳が、自分を見ているようでいて、その実は自分の奥の、はるか遠くの誰かを見ている事が、嫌で嫌で、仕方なかった。
大嫌いだった、ヘイゼルブラウンの瞳。
それが今、自分の掌の中にある。
それだけが今、私に残されている。
これを、どう受け止めればいいのだろう。
− 小さな木箱の中には、獅子を形取った勲章と、義眼だけが入っていた −
獅子の勲章は、一番の親友であった男が貰っていった。誰も異存はなかった。
その他の遺品も、縁のあった者たちが、それぞれの思い出と共に分け合っていった。
最後に残った、ヘイゼルブラウンの義眼。片眼が義眼だったなんて、誰も知らなかった。
気味悪がって誰も貰っていかなかったそれだけが、自分の前に残っていた。
日頃から気味が悪いと揶揄される自分には、何てお似合いなんだろう、と思ったら、少しだけ可笑しくなって、それを受け取ることにした。
義眼を指でつまんで、自分に向けてみる。
こんな風に、あの人は私を見ていた。
重い瞼と、色の入った眼鏡越しではあったけれど、その視線はまっすぐに、自分に向いていた。
こんな風に見られることが、あの時は堪らなく嫌だった。見ているようで見ていない視線に腹が立って、絶対に見返してやるものか、と思った。
それなのに今は、素直に見つめることができる。
あの時自分を見ていたのも、この義眼だったのだろうか、と思った。
だとしても。そうでないとしても。
あの時の視線は痛いほど苦しかったのに。
今はどうして、こんなに素直に胸が高鳴るの、だろう。
義眼に、じっと見つめられている。
それだけで、理由もなく鼓動が高まっていく。
『あのひとは、いつもわたしをみていた』
その視線は、どこか遠慮がちで、敬うような、畏れるような。
『あのひとは、わたしのまえではすなおだった』
甘えるように縋ってくる姿は、他の誰の前でも決して見せはしないものだった。
『あのひとがもとめていたのはなに』
凭れはするけれど、抱き締めはしない関係。
でも、知っていた。
いつも手を伸ばそうとして、躊躇っていた事を。ずっと無視していたけれど。
この瞳の奥で、夢見るほどに望まれていたことは。
何にも遮られない瞳は、嫌になるほど、正直だ。
だから自分も、気持ちが隠せなく、なる。
熱を帯びた身体は、人目がないのをいいことに、どんどん加速していく。
まっすぐな好意に求められて、いい気持ちがしない訳がない。嫌いだったのは、その回りくどさが気に入らなかったから。
見つめられる視線に息を吐きながら、ゆっくりと身体をさらけ出していく。
貧弱な身体。その上傷だらけ。
それでも、この身体を前に、昂奮に潤んだ視線を向けてくれるの、だろうか。
触れてくれるの、だろうか。こんな風に。
本物の瞳は、相変わらず遠慮がちに、私の嫌いな視線を向けてくるのかもしれない。偽物の瞳と本物の瞳。どちらが本当の、あのひとの気持ちを写しているのか。
義眼が、私の身体を見つめている。恥ずかしい所まで、全部。
偽物の視線に犯されて、わたしの身体が、いやらしい反応を示す。
もっと。見て。
あなたがみていたのは、わたしじゃないのかもしれないけれど。
見られている、と思う度に、蜜があふれ出してくる。
あのひとの身体は、もうどこにも存在しない。
ただ一つだけ残された義眼を、茂みの奥ぎりぎりまで近づけながら、割れ目につぷ、と潜りこませる。
かつては瞼に収まっていたモノが、自分の中に、埋もれていく。
不思議と異物感がない事に、理由もなく可笑しくなってきた。それとも、こんな気違いじみた行為に耽る自分が、既におかしくなっていたのだろうか。
何だかはじめて、あのひとを許せそうな気がしてきた。
「そこから……何が……、見える……?」
義眼が答える筈がないなんて、解りきっている事だというのに。
<end.>
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